海を見ている
ただ 海を見ている
みんな海を見ている
僕も同じように海を見ている
みんな海を見ている
だから 僕も安心して海を見ている
海を見ている ただ
ただ 海を見ている
穏やかな海を見ている
昨日の晩は、そーめんとかき揚げ
1984年、僕は恋をしていた
今日のお昼は、カレーライス
好きだ、ただそれだけだった
エアコンを新しくしたら、夏はピークを過ぎたようだ
あなたの本当を思いやるほど、僕はたくさんのものを持っていなかった
エアコンの効いた部屋で扇風機
京都には、何か魔物がいたのかな
エアコンの効いた部屋でチョコレート
きっとあの夏も暑かったはず
エアコンの効いた部屋でストレートティ
チキンカツばかり食べていた
今晩のご飯は何だろう
何も出来なかった
何か出来るほど何かを持っていなかった
何かが何かさえ今も解らないことに変わりはないけれど
エアコンの効いた部屋でゆく夏を思う
エアコンの効いた部屋はチキンカツを思い出させる
ただ 愛を語るということ
心を溢れだす思いを言葉にするということ
痛みを痛みだとは感じないということ
真裸で丘の上に立つということ
指先を見つめるということ
私を見つめるということ
星を見つめるということ
まったく 創造的ではないこと
何十キロの道を歩くことが出来るということ
花言葉を調べたりすること
乳首がかゆくなったりすること
夜が素敵だと思うこと
ロックグラスを揺らしたりすること
ただ 愛を語るということ
あなたを 思うということ
私は、もっとどうにもならないことについて深く考えてみたいのだ。私が考えたからといって、何ら解決めいたものが出るわけでもなく、これからに役に立つわけでもないような、全くどうにもならないことについて、この短い命を使ってみたいのだ。素敵じゃないか、己の無力さだけに気がついて目を閉じるその時を今から想像しながらわくわくしているのだ。
私の時間のほとんどは、孤独によって構成されている。
連続した孤独が創造の起点となり、わずかな他者との接点でそれは形となる。
孤独こそが世界を形成する唯一の動機となり、それを維持する理由であり続ける。
切断遺体に恐怖を覚え目をそらせるのが、Default。
切断された状態をDefaultであるという認識が何らかの理由で醸成されたなら。
論理が現実を上滑りしている。
切り身の魚や土の着いていない野菜は、Default。
ヌルヌルの魚は触れない。
カプセルの中のパーツ達。
Default。
目論見、文字の列びがいい。
プールに飛び込んだ瞬間の感覚。
整えること、整えること。
何の変哲もないところにある愛を探している。
それが、Default。
私たちは、ミュータントの出現に期待をかけている。
閉塞したこの世界に難なく適応し、それを前へと進めてくれるものを。
ミュータントに自覚はない。
ミュータントは、周囲の驚きに気づくことではじめて実質的な作用をはじめる。
ミュータントのミュータントとしての命は短い。
ミュータントは、いつかミュータントであり続けようと努力をはじめる。
その時すでに彼らの時は終わりはじめる。
・私と貴方(または彼方)の間に時々ふっと浮かぶ空間
・カラー 50mm 60枚
・それは切ない願い(切望)のようであり、祈りのようであり、また絶望のようでもある。
・空気を記録することってできるの?
床に目を移せば、黒い手袋、片方
気になった荒川洋治のエッセイ
隣には茨木のり子詩集を選ぶ人
グレーのパンツ、黒のセーター
「これ違いますか」
「あ、でも私じゃない」
なんとなく
手袋、可愛そうになって
何度も片方なくした僕としては
拾い上げて棚に置こうか
でもそれじゃ
なくした人が見つけられない
横を行き交う人、一人、二人
谷川俊太郎、何か新しいものはないかな
そっと拾い上げて、黒いコートの人
去っていった
黒い手袋、元に戻った
従順であろうとする小鳥は、
籠の扉が開いているのに
気づかない振りでさえずり続ける
窓辺の植物はそのことを知っていて
余所見を決め込んでいる
蛍光灯は陽の光よりも
悲しみを露わにしてしまう
ポテトチップスの塩味が
いつもよりも強く感じる夜
ため息と一緒に
青春の最後を意識する
野に放とう
小鳥はマッテイル
おまえの手でのみ
私は空に向かうのだ
コンビニエンスストア、店員さんがお釣りに添える手が、わずかに自分の甲にふれる。はっとする。そんなにも忘れていた感触。
いくら言葉を連ねてみても
自分の頬に触ってみても
感じることは出来ない
異なるものとの接点でだけ
空っぽの胸は満たされていく
空が青いのは知っているけど、
どんな色かは思い出せない。
雪が白いのは知っているけど、
どんな色かは思い出せない。
海が深いのは知っているけど、
どんなに深いかは想像も出来ない。
北極の氷がなくなる時も
石油が枯れ果てる時も
小さな南の島が水没してしまう時も
目の前の水滴が蒸発してしまう時も
僕には、どれもわからないけれど、
遠くの呼吸は、感じられる。
君たちが言っているのは誰のことだろうか。
愛の呪文を唱える香水の中の魔女か。
大空を光に近づこうと翼を広げるあの鳥たちのことか。
沈んでいく太陽の残光に身を隠すリアリストか。
植物の緑しか目に入らない虫たちのことか。
漣の移ろいに牙を研ぐ鮫か。
それとも濡れたアスファルトに舌を這わせる僕のことか。
答える必要はない。
君たちはいつも正しいし、確かに僕は、
こうやって路傍の滴りに幻を見ているのだから。
12月の夜がすぐには明けないことはわかっている。
空まで続くような登り坂が空に手が届く前に下りに変わることも、
夏の終わりにカブトムシは動かなくなることも、
桜が潔く花を散らすわけも、
赤ん坊が愛されるために可愛いことも、
サンタのプレゼントは布教活動の一環だということも、
それでも、あっという間に沈んでしまう太陽が、
すべてを紅く染める一瞬をベルのリードを持って
畦道の真ん中で待っている。
旅をしない日々が続いたあと
僕は
自分のいる場所を見失って
北も南も 西も東も
風の匂いも 陽の香りも
何もかもがわからなくなって
ただ点のように無限に広がる座標の上で
もう動けなくなっていることに気がついた
「生きるということはどういうことだろう。」
「愛するとはどういうことだろう。」
僕には、それに何も答えることは出来ないけれど、
それでも、日々は過ぎていき、
そうやって、すべてのことは流れていく。
ということは、そんなことを考えることが、
人間が生きることの目的ではなくって、
愛することの理由ではなくって、
ただただ、そうやって、すべては流れていく。
そして、でも、やっぱり考えてしまうのはどうしてだろう。