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「境界のエクリチュール」 in Book of days

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2018.07.16

ソウルとインチョン










韓国に来るといつも思う。韓国の人は、穏やかでやさしくて、丁寧である。母は差別的な意識を今でも露骨に表したりする。母にとっての朝鮮半島の人とは、彼女が学生の頃大阪で目にした様々な理由で祖国にいる事ができなくなってなんとか居場所を作ろうとなりふり構わず生きていた在日の人々の姿なのである。韓国では、戦後の政治の時代が長く続いた。今でも、政治は、国民にとって大きな関心事だ。土曜日のソウル中心部は、通りごとに大きなデモ行進で埋め尽くされ、その周囲を優しそうな顔をした若い警察官が等間隔に並んで整理している。彼らはどの立場でもない。権力ではないように見える。韓国の人は、政治を市民が変えることができるという実感を持っているような気がする。あらゆる立場の人々が、まさに民主的な方法で政治参加している。日本人は良くも悪くもノンポリシーである。だから、政治は、自分たちにとって利益があるものということで選択する。政治とは、経済に他ならないということだ。改憲すら、もしかしたら、その経済効果によって判断されることになるのではないか。日本人は、何かのはずみでここに住めなくなるのではなんて思いもしない。韓国の人は歴史的にも、現在置かれた状況においても、政治は、経済問題以上に生存の問題なのではないか。少し前に比べると、城壁を監視している人の雰囲気が和らいだ気がするのは気のせいだろうか。それでも、空白のようになった日本大使館の空に向けてカメラを構えると間髪入れずに若い警察官に制止された。空白の空間を以前と変わらず警察のバスが守っている。道を挟んだ場所には、その空白に向き合うように少女像が置かれたままだ。彼らは何から何を守り、少女像は、何に向かっているのか。まさにその場所は、あの要塞のような建物があった時以上に不思議なことになっている。僕は日韓問題の解決のすべては、日本人の心にあると思う。20世紀とは違う方法で、もっと互いに仲良くなれるはずである。

日本文化の核とも言える「和」とは、誰かが我慢することで体裁を整えるものではないか。それは生きるために強いられ、あるいは自らに強いる我慢である。それは、ある場合は一方的に立場の弱い人が負担させられ、またある場合には、相互依存的に分担される。家族において、学校において、職場において、あらゆる社会でそれは暗黙のルールによって成立し、容認される。私たちは無意識のうちに、それが生きる方法であると思い込み、我慢を我慢とも思わずに時が経つことだけを願い、意識を転化するのである。生きることは、今も昔も変わることなく、苦しいことに違いない。私たちは、何らかのかたちで他者に依存せずして生存を維持することは難しい。科学技術の弛まぬ発展は、そこからの脱却を図る目的であるとも言えるが、結果として、その新しい社会でもまた、新しい依存関係が生まれる。そしてまた、新しい我慢が必要になるのである。調和と言う、私たちはその仕組みを肯定しているわけである。自分が一歩退いて、辛うじて呼吸を可能にするわずかな空間を確保する。空を見上げる、残された自由空間はそんなところにしかない。

風景を整えようとするのは、規制の行き届いた社会を肯定し、その一員であることの証としてだろうか。植物がその領域を広げようとすることに抗う私たちは、それを整え安堵する。しかし、それは同時に、私たち自身を規制していることになるのかもしれない。





水色の空には絶えず飛び立つためのジェットエンジンの音が響いている。けれど、なぜだかその機影が見上げた空を横切ることはない。まるでその音は、異次元のうねりのように思える。

ふと思った。年寄りは英語なんて全く知らないと思っているけれど、うちの親だって中学、高校と僕らと同じに英語教育を受けているわけである。ということは、同じくらいは知っているということで、そういうそぶりも見せないけど、ちょっとぐらいはわかっているのかな。

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2018.07.12

scale marks


Iwate2

アフリカやアジアを旅するドキュメンタリーでは、車が悪路でスタックして動けなくなるという光景をよく目にする。もうお決まりといってもいい。日本では、一般的に移動に使うような道で未舗装の道なんてほとんど残っていないのではないか。今では、農道だって舗装されているし、山中の国道も下手すれば街よりよく整備されているくらいだ。スキー場に行く雪道では、時によっては、苦労することもあるけれど、地元の人は、そこを軽自動車で難なく走っていたりする。時には悪路を走ってみたいと思うのはなぜだろう。もしかしたら、人間は苦労することを楽しいと思うようにできているのではないか。もちろんどこまでもそれが続くと思うと単なる苦痛になるけれど、試練はそれなりに楽しいのである。考えてみれば、歩くことから始まって、走ること山に登ること、様々なスポーツをすること、これらすべては苦痛と言えなくもないが、好んでそれに取り組む。また、日々の労働や家事だって、苦痛と言えば苦痛だけれど、やりがいなんていう言葉を重ねたりする。

言葉がわからないことは、もちろん暮らすことには不便なことであるが、旅をするには心地よい。韓国にも日本でいう演歌のようなトロットというカテゴリーがある。僕が聴いている限りでは、こぶしを利かさない演歌みたいに思うけれど、音楽的に言えばもっと違いがあるのかもしれない。どっちが先なのか、それを言出だすときりがないのでやめておいて、一つ言えることは、言葉がわからない分、洋楽を聴いているのと同じ心地よさがある。洋楽で聴き取れるのは、「love」と言う単語であるのと同じに、トロットでは、「サラン」である。歌にとって一番大事なものは、歌い手の声であると思う。人は何より、その歌う声が聴きたいのではないか。少なくても僕は、そうであると思うようになった。声は、その人の実在よりも、言葉による輪郭よりも、最初に心の奥まで伝わってくるものである。森の奥から、暗闇の向こうから、あるいは共振する自分の心に伝わるのは声ではないか。

姪が生まれてちょうど三年になる。きっと子供がいる人は、子供の成長によって自分の時間的感覚を保つことができるのだろう。ちょうど彼女が生まれた時には、どこかの山に登っていて、その時に撮った避難小屋の写真が印象深い。学校を卒業してから、時間に目盛りがなくなった。全国転勤を繰り返す友人は、転勤場所をその目盛りにしているようだけれど、僕にはそれさえないわけで、なんだかビヨーンと伸びたところてんみたいに時間が過ぎていく。学校に行っていれば、正確に一年の目盛りが刻まれていたわけで、もしかしたら、学校の先生というのは、人生の大部分をそういうように認識できるのかもしれない。ビヨーンと伸びたところてんは、人生の中の割合をどんどんと大きくしていく。もう一つくらいは、これからの中で目盛りができるのだろうか。

おもてなしとは、内的意識のことで、口にするべきものではないのでは。あるいは謙った立場に身をおいて相手を高めるということだろう。果たして、そういう言葉が、オリンピックを開く国の国民の意識として適切だろうか。もっとわかりやすい言葉は友情だろう。もちろんその言葉では、インパクトが足りないということになるのだろうけれど、誠実な友人、そういう言葉が、そこでは適切ではないか。何も、歴史ある看板の継承に押しつぶされそうな旅館の女将の切ない意識を表すような言葉は必要ないだろう。必要なものは、友情、あるいは、鳩山さんではないけれど友愛だ。

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2018.07.09

Similar in shape








もしかしたら、安倍政権の政策とは、金融緩和という方法によって損失の先送りをしているに過ぎないのではないか。もちろん、それによって生じた猶予の間に本当に様々なことが改善できれば問題はないのだけれど、根本的なところでは何も変わっていないどころか、酷くなっているような気がする。政権を支えるエリートたちは、「戦後」という自分たちが直接関与していない足かせを取り除くことができるかもしれない安倍さんの理想に荷担しているわけである。けれど、あるとき気づけば、それは間違いであったということになるのではないか。この構図は、どうもオウム真理教に似ているように思うのは気のせいかな。やっぱり今やるべきことは、日本独自の価値の創造であると思う。それは、伝統文化に根付いたということではなく、近代から現代に至るまで、戦争によって失われた夥しい命と強いられた幾度の価値の大転換、人為的に現実となった歪な国家の構造によって生じたほかに例を見ない国民の意識と国のカタチを元にして、いかに人間が真実に近づけるかという実験のようなものではないか。戦後の日本は、まさに理想的民主主義、あるいは民主的資本主義の実験場であったわけである。その実験場で育った価値を現実世界に落とし込むことができるのか、それは、アメリカの手を離れて、我々がやらなければいけないことだろう。

東日本大震災は相当前のことのように思うけれど、まだ七年しかたっていない。それ以降でもどれほどの災害が日本各地であっただろうか。これだけ日常的とも言える頻度で災害が起こるのならば、自衛隊を災害救助隊に組織変更して、特化すればいいのではないか。今とは反対に、災害救助隊が、有事の際には、防衛にも当たるとすればいい。差し迫った危機は、外よりも内にある。今後、気候変動には拍車がかるだろうし、地震の予想マップを見れば、大地震は他国からの攻撃以上に現実的なレベルで起こりうる。災害救助隊であれば、他国への災害救助派遣にも何も問題はないし、人的国際貢献として評価されるだろう。隊員の意識だって、その方がずっと高まるし、現実味もある。あるいは、もう一歩踏み込んで、消防と一体化するというのはどうだろう。あまりに国民と近くなり、監視、管理組織になってしまうかな。隊員も任務の過酷さに嫌になるかな。

韓国、北朝鮮、それに日本、私たちの意思とは別にこの三国の近未来は、世界の注目するところとなるだろう。政治が人間に真の幸福をもたらすことができるのか。試行錯誤を繰り返すこの地域で、ピュアな性格を持つこの地域の人々が何を生み出すのか。百年単位の実験は、答えを出す時期に来ているのかもしれない。

魂が宿るとは、よく考えるとどういうことだろう。単純に作り手の魂がものに移るということでは当然ないわけで、意思が形に表れるということなら、それはあり得ることのように思う。それは考えるということの結果というよりも、もっと根源的な衝動や渇望や自分でもコントロールし難い思いなのではないか。心が手を通じてものに移るということがそこでは実際にあるのかもしれない。心の相似形、そういうものかもしれない。否応無しに表れる作者自身、近頃そういうものが、とても愛おしく思える。

「どんな年月だって意味があるんやぞ。神様はそう決めとる。人間はそう決まっとる。」
僕も、そう思っていた。すべての過去が、今を作っている。人は、今を否定できない。「失われた」という形容がつくような僕の二十年も、逆に今の僕の大きな部分を作っているわけである。ただ、その構成要素たる過去を美化してはいけない。患部は患部として付き合わねば自分を見失ってしまうだけである。

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2018.07.08

ボーントゥラン




かき氷を食べたいと喫茶店に入っても、寒いくらいエアコンが効きすぎでホットコーヒーを頼んでしまう。かき氷は、太陽の下か、扇風機しかない家で食べるものだ。人が集まるお店でエアコンが寒いのは、サービスの一環か、過剰サービスか。

新しい靴を履いたら、どうもインソールが気に入らない。インソールって、一度替えることを知ってしまうとノーマルでは我慢できなくなる。ただ一つ思ったのは、僕は立っている時、ちょっとかかと側に重心があるのかもしれない。

母の価値基準は、いくら年を取っても損得にある。まったく感心するほど。きっとそう言う僕にも、遺伝上そういうところがあるのだろうけれど。

何にもすることがないので、イオンモールに行く。コメダコーヒーの席待ち表を見ると、席の希望は、すべて「禁煙席」にまるされている。居酒屋でさえ、全席禁煙にすると来客数が増えるのだという。まったく喫煙者は、絶滅危惧種になりつつある。僕は別にそのことに不満がるわけではない。受動喫煙、副流煙と言われれば返す言葉もない。もうどこへも行かずに、家でタバコを吸っているのが幸せだ。お酒はやめられてもタバコはやめられないのは中毒性の問題かな。だとすれば、アルコール中毒って、起きてる間はアルコールが体にないとダメになるということで、それは、タバコの比ではないダメージだろうな。麻薬っていうのは、なぜ罪になるのだろう。中毒性が高く、人に危害を加える可能性がアルコールより高いということかな。中毒、依存とも言えるかな。人間何かに依存しないとなかなか生きるのは苦しいことだ。それはさておき、筒井康隆の「最後の喫煙者」の世界は、思ったより急速に現実のものになりつつある。この小説が発表されたのは、1987年。まだ飛行機でもタバコが吸えた時代だ。きっと当時の作者の意図とのは違ったものにいま読むと思えるだろう。何しろ、喫煙率で言えば、当時の二十代の喫煙率は7割以上、それがいまでは2割程度になっているのだから、喫煙の社会性が真逆になっているということになる。ということは、ガンの罹患率も大幅に減少しているということかな。と思ったら、罹患者数は、三倍ぐらいになっている。昔吸っていた団塊の世代の罹患率が上がっているのかな。

「こんなはずではなかった」
宮台真司に言わせると、オウム真理教を生んだ僕たちの世代に共通する意識であったらしい。僕は当時彼らをどう思っていたか。渋谷で活動を見かけたことがあるけれど、興味がなかった。あまりにも自分とは離れていた。今のようにインターネットで情報を得る時代ではなかったから、能動的に彼らを知ろうとする人だけに広がったのかもしれない。あと20年遅ければ、もしかしたら、もっと爆発的に信者が増えたかもしれない。彼らを反社会的立場にしたのは、既成社会とも言える。これは、個人においても同じではないか。異端、「私たち」と書く。私は、いつも私たちの中にいる。私たちは、私たちの数を増やそうとする。社会は、民主主義以前から、多数によって支配されてきた。

Born to run、今でも年に何度かは思い出す言葉。浜田省吾も、佐野元春も、尾崎豊も、同じテーマを似たメロディに乗せて歌った。彼らは真似をしたのではなく、共感し、あとを追ったのである。佐野元春的に言えば、インスパイアされたということ。僕が彼を知ったのは、5枚目の「The River」であるけれど、彼もまた、初期の3枚にすべてがあるような気がする。4枚目で熟成し、5枚目でポピュラーになった。6枚目はそんな自分とそれを認めた社会への反証であり、7枚目は、開き直り。それからは、スプリングスティーンを演じているようにも思える。それにしても、この曲は、完璧だと思う。

今日もプリントした。えらい。

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2018.07.07

I love you




今初めて気がついた。的に向かって狙いを定め、離れが生まれる瞬間までの短い間、僕に限ったことかも知れないのだけれど、中るイメージと外すイメージが交互に目の前に現れる。外してはいけない大切な一本になる程、そのイメージは鮮明だ。もちろん、中るイメージで離そうとするわけであるが、射法八節にもあるように、離れは自然に生じるものであるから、そこはコントロールできるものではない。そこにこそ、的にとらわれない意識が必要なのかもしれない。結果を気にする、一般的にはそういう言い方になるのだろう。そのイメージの入れ替わりには、もしかしたら呼吸が関与しているかもしれない。今思う限りでは、吸う息で外れるイメージ、吐く息で中るイメージのような気がする。ほんとは、会の時には息を止めるあるいはゆっくりと吐くんだったかな。

私たちは今まさに、為政者に「逆らえばどうなっても知らないぞ」と脅されているのかも知れない。

一度完全に停止したものを再び動かせるためには、外からの衝撃が必要だ。

確かにこんなに雨が降り続くことは珍しい。しかもこんなに広い範囲で被害があるというのは、台風以外では滅多にないのでは。一年に一度しか会えない人も、このお天気では会うことができないのかな。起こった災害に対して対策がとられる。けれど次には、また違った災害が起こり、人々は「生まれて初めてのこと」と口にする。せめて人の努力で防げる戦争はこんな国ではやめておいたほうがいい。

ちょっと面倒な写真についての作業をするためには、写真のことをいつも考えていなくてはいけない。写真をいつも見ていなくてはいけない。要するに写真が日常でなくてはいけない。人はいく通りの日常を持つことができるだろう。二つぐらいは大丈夫なのではないか。三つは難しい。ほんとは、一つがいい。

台風8号が、ずっと南の方にあるらしい。予想では、中国大陸に向かうようだけれど、次の連休、飛行機飛ぶかな。自分のことになるとだいぶ先のことまで心配になる。

処刑によって、その人の犯した罪が償われるとすれば、後に残るものはなんだろう。信仰は、死から始まる。存在しないものだけが神になれるわけであり、その言葉を代わりに伝える者によって永遠になる。そういう意味では、オウム真理教は、今から始まるのかもしれない。もしその復活を恐れるならば、中世のように、繋がるすべてを同時に消滅させなければならない。しかし、現代においてそれは非現実的なことであり、彼は、過去からの信仰がそうであるように、至高の存在になるのかもしれない。私たちは、キリストもブッタもアッラーもその実在は知らない。しかしもしかしたら、そういう存在の誕生を目の当たりにしているのかも。という考え方が、多くの信者を集めたのかな。ただ、まんざら空想ではないとも考えられる。為政者は、彼を人間の場所まで引きおろすことなく、一つの物語を完結させてしまったのだ。復活、必ずそんなことがだれかによって語られることになるだろう。その時、社会はどのように対処するのだろうか。この雨さえ、意味を持つように思えるのは、なんらかの兆しか。21世紀という「未来」を生きる私たちでさえ、奇跡という言葉を日常的に口にする。確率ではなく、奇跡によって事象を認識しようとする。そんな私たちが、不在の神を乗り越えられるのだろうか。

鳥たちは、翼が折れても飛ぼうとするのだろうか。私たちは、考えるのをやめた時、命を守ることができるだろうか。私たちにとっての翼は、単に考えることだろうか。何を考えることだろう。あるいは、何を目的として考えることだろう。

同じ年に生まれた僕を含めて三人の従兄弟、半分遺伝子が重なっているけれど性格は、それぞれで、兄弟が少ないこともあって親たちは仲良くさせようと小さい時から苦労していたけど、辛うじてその効果があったのは小学生のころまでだったかな。高校まではほぼ同じような道を辿ったけれど、その後はみんな紆余曲折ありながら、なんだかんだで、今となっては社会的評価からすれば、相当引き離されたかな。もちろん、人間の価値はそんなことで決められないわけであるけれど、それはやっぱり、結果として尺度ともなるのだろう。さてこれからどうなるのでしょう。どうも僕は、モラトリアムが長すぎたかな。

愛とは、「あなたとだったら死んでもいい」ということだと二葉亭四迷の訳をもとに矢沢永吉が言っている。なるほどそうだね。

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2018.07.06

雨時々くもり




ずっと雨が降っている。
おかげで暑くならずに過ごしやすい。目的がないので予定もない。無理に目的を作るのも詰まらないので、窓から雨を眺めているのもいいかも知れない。プリントを何枚か焼かないといけない。ツール・ド・フランスが始まる。今のような最新機材ではなく、ローテクの自転車で、今と同じ何千キロの距離を走り、今と同じ山を登っていた頃のツールを見たかったなあと思う。技術革新は、なぜか人間を極限まで追い込んでいく。じわじわと熱くなるお風呂に入っているように、私たちはいつまでも根を上げずに頑張ってしまう。生きていることはいつの時代も辛いことだから、昔は良かったなどという人がいるのだけれど、昔も今も、きっと同じように辛いのだ。それは人間がいつも進歩しようとするからかな。進歩しないとどうなるのかな。淀んだ水は腐ってしまう。言い換えれば、流れている水は清らかだ。その清らかさとはどういうことだろう。それはもしかしたら、無であるということではないか。私たちは無である。私たちは意味など持たない。その無に耐えることこそが、高い知性を持った人間の苦しみなのだろうか。過去を愛撫する指先の感触は、恍惚をもたらす。それはそれでいいのかも知れない。大切なことは、個としての感覚と社会のありようを重ね合わせて錯覚しないことだ。

被害者のために刑を執行するというのが、いつの間にか当然のようになってきた。被害者やその家族の心情に沿うように、同様の苦しみを加害者にも与える。復讐の論理である。もしかしたらそれは、社会が被害者を利用しているのではないか。社会にとって危険な者を、被害者の名を借りて排除しているとは言えないだろうか。社会は、その仕組みに従う者でのみ構成される。当然のようで、疑うべきことである気がする。もし復讐の論理が正当化されるならば、世の中は、法の支配下よりも無秩序化する。刑罰もまた暴力である。暴力に暴力で抗する手段でしかない。私たちは、法がいかに無力なものであるかを自覚した上で、法を用いるべきなのではないか。法は何かを解決するものではない。法を為政者の剣にしてはいけない。法によって守られるべきは、我々の自由である。法による復讐は、結果としてその自由を奪うものとなる。

一日中雨なんていう日はない気がする。どこかでほんの少しの時間は止むのではないか。雨時々くもり、そういう予報がないのはどうしてだろう。しばらく雨が止んでいても、景色は濡れたままだからかな。

こんなに雨が降っているのにレインコートを着る機会がないのは残念だ。とか言っているけど、ニュースで見る鴨川はすごいことになっている。と思ったら、これは、録画した昨日のクローズアップ現代+を見ていたんだった。「キロクアメ」って、なんだかユーミンの曲のタイトルみたいだ。雨、雪、台風、高温、それに地震。なんとも厄介な地理的特徴である。この風土が、和を大切にしたり、ワールドカップで掃除をしたり、おもてなしに繋がっているのだろう。朝鮮半島から中国大陸へと進出しようとした日帝の方針も、憧れであったに違いない。おもしろいことに、世界一美しい四季、を自負する日本人が、昔も今も、海の向こうに強く憧れるのである。

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2018.07.05

intelligence




青春の特権は、すべての時間を自分のことで悩める事だったのかも知れない。青春とはまさに、自分の中にある生きていく方法を探し、自覚する時である。青春とは、若さを言うのである。言い換えれば足りなさを、未熟さを、渇望をいうのである。中村雅俊のドラマは、中学生の僕にとって、まさに青春の具象であった。もう少しすれば、自分もその中に入り込み、同じように悩んだり喧嘩したり、そんな青春を過ごすのだと思っていた。そんな予備知識があってよかったのかどうだったのか、まあ確かにドラマのように悩める青春であったことには違いない。

考えてみれば、プライスレスなこの時代に、経済政策の目標を物価上昇率に置くことは馬鹿げているのかも知れない。プライスレスな価値をいかに計量可能なものにするのか、それは仕組みを作る国の役割ではないか。

日銀の審議委員が、「デフレマインドは想像以上にしつこい」とおっしゃったらしい。できるだけ安いものを買おうとするのは、生活防衛の当然の心理であり、いまの時代だからというわけでもない。供給側も買ってもらえる値段を探るわけである。その努力をこんな言葉で上から評価していいのだろうか。まるで市場の外側から眺めているみたいに、人々の暮らしを経済理論に落とし込もうとするのは、自分が神ででもあるかのような振る舞いではないか。いい加減、経済学者のモルモットになるのは飽き飽きしてきた。市場にいる人々が減少するなら、市場の規模を小さくすればいい。労働環境の是正にもそれが最良の道であると思う。実際に自由市場はそう動いているのに、国は、無理やり市場の規模を維持しようとする。じゃぶじゃぶの価値をなくした紙幣だけが供給し続けられ、人々はそれに踊らされる。

インターネットやパソコン、携帯端末が普及する前に比べると、本当にいろんな情報が簡単に手に入るようになりとても「便利」になった。もう、考えることは、選ぶことに等しいものと言えるかも知れない。その選ぶことさえ、大変な作業である。選ぶことに疲れた人間は、それをAIに任せようとする。そのうち考えることも選ぶこともしなくなる。その時間は、もっと本質的な部分を考えることにあてるということになるのだけれど、もはや手触りも音や匂いも感じられなくなった人間は、考える材料さえなくしてしまうのではないか。SFに描かれた未来世界は、そんなふうに現実のものになりつつある。きっと賢明な人は、今何かを作ることに拘ろうとする。作ることこそが、思考することである。自らの手によって作り上げる世界こそが、現実である。

昨晩奇妙な夢を見た。ぬめぬめとした肉体と精神世界が融合する様を目の当たりにするような夢だ。現実とその奥にある本質がとぐろを巻くように折り重なるイメージだ。僕に創造性があるなら、その夢を元に何か作り出せるのになと思った。知は、表層に現れる事実とは関わりなく、核の中に温存されている。

安全保障政策についての国民への啓蒙は、極めて単純な言葉で行われる。自分の国は自分で守る。当たり前である。誰もが納得する。何千億かかろうとも、迎撃ミサイルシステムを整備しなくてはいけないし、最新鋭の戦闘機をたくさん買わないといけない。それは生活に関わる他の何をおいても優先すべきことである。ということになる。「平和」を守るためには、抑止力となる圧倒的な軍事力が必要だ。この完全なる矛盾は、単純化された旧世界の枠組みの論理によって共有されるに至る。しかし、今はそんなに単純な20世紀の世界ではなく、世界のあらゆる指導者が新しい方法を探ろうとする価値の多様化した時代である。

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2018.07.04

光が影をつくるのではない、光を遮ろうとするものが影をつくるのだ




なぜいい写真を撮れないのか。もしかしたら、フラットな光の中にいるからかもしれない。それは、広い意味でそういうことだ。写真が光を捉えるものであるとすれば、撮影対象が何であれ、そこにある光を写さなくてはいけない。要するに、光の中に我が身を置き、その場を残さなくてはいけない。簡単に言うなら、朝であるし、夕である。あるいは、灼熱の砂浜であるし、人工の光が照らし出す街である。なぜ、いい写真が撮れないのか。それは、どこへ行っても、朝ごはんを食べ、夕ご飯を食べているからではないか。日陰を求め、エアコンを求め、光から目を背けているのだから、ただ二次元のカタチしか撮れないのである。写真は、立体を写し取ろうとする試みでなくてはならない。この三次元の世界をそのまま記録しようとするには、光が不可欠なのだ。写真は時に光を否定しようとする。光に騙されるなと。しかし、それは、実は初期的思考ではないか。あらゆる現実は、強い光によって現実と認識されるのである。光以外にカメラを向ける必要などない。いかに三次元のままこの世界を残せるのか、その矛盾に立ち向かうことこそがすべてである。

以前から思っていることだけれど、なぜ政府は原油価格の上昇になんの手も打たないのだろう。それどころか歓迎の立場にさえ見える。石油のほぼ100%を輸入に頼るわが国で、原油価格の上昇は、誰かにメリットがあることなのだろうか。確かに日銀のインフレターゲットには効果があることだ。でもそれは、単に物価が上昇するだけで、国内の誰も得しないことなのでは。それとも、誰かが得する構造があるのだろうか。あるいは、あらゆる流通段階で便乗値上げを推奨しているのかな。それでは益々、市場における純粋な消費者にメリットがない。それでいいのかな。昔の言い方をするなら、無産階級になればなるほど、不利な状態になる。違うのかな。

鈴愛ちゃんの顔はとても立体的に見える。ほりが深いとかそういう物理的なことではなく、感情という内なる光がが顔を立体にしている。

「私は自分の人生を晴らしたい。曇り空を晴らしたい。」
このセリフに、日本中でどれほどの人が共感しただろう。

あなたの事想うと
すごく胸があつくなるの
いつもはユーウツな雨も
サンバのリズムにきこえる

それが私のすてきなゆめ
ユメ、ユメ、ユメ

YOU MAY DREAM

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2018.07.03

北浜にて






高校受験以来、いや自動車免許以来の試験、講習期間の二日間、半分くらい寝てたから、やばかったけど、何とか通った。これで、労基の指摘、ひとつクリア。あー、よかった。それにしても、もしかしたら学習障害かな、こういう話聞いているとすぐに眠くなる。受動的になると思考が止まるからかな。人間は、8時間寝ないと足りない分だけきっちり眠くなると近頃思う。ウィークデーに北浜あたりで二日間過ごす経験は、サラリーマンみたいで楽しい。朝のオフィス街をてくてく歩いたり、昼食の店を探したり、ずっと会社に勤めていたら、今頃どこで何してたかな。とっくにクビになっていたか、ちょっとだけえらくなっていたか、それとも窓際の席にしがみついていたか。夕方、そんなことを考えながら天満橋駅の居酒屋でちょっとだけ飲む。人生は、ナルシズムによって、少しだけ緩和される。最初に内定をもらった山善に入って、ずっと勤めていたらどんな人生だったのだろう。向かいで楽しそうに同僚と飲んでいる人たちを眺めながら考えたりする。人生は複雑に入り組んだ路地みたいなものだ。ちょっとだけリアリティのある空想は楽しい。あー、なんだか、殴り合いの喧嘩するほど酔っ払いたい。

ちなみに、殴り合いの喧嘩と戦争は違う。「風と共に去りぬ」の時代には、それはほぼ同じものとみなされていたけれど、いや、戦前の日本でさえ、それは延長線上にあるものと思われていたけれど、あるいは、安倍さんはそんな錯覚をしているのかも知れないが、両者は全く異質のものである。なぜなら、戦争は、個人の意思に反して行われるものであるから。したい人が集まって、スタジアムで戦争するなら問題ないと思うけれど。W杯みたいにやればいいのだ。それを見て欲しければ、いくらでも見てあげる。英雄として評価して欲しいならしてあげる。結局戦争という手段を選ぶ人は、そこに行き着くのではないか。

ここ数年、夏になるとまるでネクタイをしてはいけないように、みんながクールビズを徹底している。それでもなんだかその姿は粋じゃない。僕は、日本の気候なら、一般的なワイシャツやボタンダウンより、開襟シャツがより快適であるし、洒落ていると思う。だいたい「俺はネクタイして上着も着る」という人がいてもいいのではないか。あと先のとんがった靴とか、夏でなければ、上着のボタンをいつも掛けているとか、はっきりとしたピンストライプのスーツとかどうなんだろう。僕が時代からずれているのかな。

近頃、人生のBGMとして、大江千里がぴったりだ。今聴くと彼の曲は、さだまさしとユーミンと尾崎亜美のいいとこ取りみたいだ。

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2018.07.02

夕立ちがあるとアジアだなあと思う




生きるために必要なものなど知れている。それだけをシンプルに考えるなら、簡単なのかもしれないが、誰もが、不必要なものを追い求め、そのために苦しんだりする。自分に満足するとは、どういうことを言うのだろうか。それは、相対的であったり比較的であったり、決して自分を見つめることによる絶対的なものではない。自分など見ていないと言っても過言ではない。鏡に映る自分からは目を背け、目に入る自分の肢体とその先にある世界の様に自分を知ろうとする。寄りかかったガラス窓は生暖かく、その向こうでは、絹目のような雨が降り始め、あたりをあっという間に黒く塗りつぶしていく。知らないうちにカーステレオのイルミネーションはブルーに変わっていて、アレサ・フランクリンが歌い始める。人生というものは、結局のところ予め用意された一点に向かっているのではないかと思えたりする。それは、誰もが同じ死に向かうということではなく、それぞれの座標、それぞれの星に向かうという意味で。

土曜日に行った写真美術館に傘を忘れた。ここには傘おきの鍵がある。傘は安物だけれど、鍵は返さなくてはいけない。次の週末でいいだろうか。ついでにもう一度、写真展も見ようかな。

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2018.07.01

7月は少し余裕があるように思うのだけれど・・・




イヤホンから聴こえるアリソン・クラウスの歌声のような爽やかな風が、高架上に設けられたホームを吹き抜けて、電車の到着を待つ人たちの髪や洋服のシルエットを揺らしている。二つの路線が並行して走り、その接続場所となっているこの駅では、細く伸びたホームの両側に同時に列車が入ってくる。僕は、そうして数本の電車と偶然出会った人々を見送り、神戸三宮まで直通で行く電車を待っている。今年もやっぱり夏は来て、経験からすれば、やがて去ってゆく。僕は旅をしているわけではないけれど、そうやって過ぎていくもののために旅をしていると錯覚する。俯き加減に歩いていこう。それがいつかの恋を想うにはちょうどいい。

街はどこもかしこもエアコンが効いていて冷蔵庫の中にいるみたいだ。こんなに冷やさなくては何かが腐ってしまうのだろうか。核分裂の力を借りて、私たちは、街が、あるいは社会が、私たち自身が腐敗することを防ごうとする。そうやって考え続けなければ、私たちが作り上げた空虚な構造はすぐに混沌へと立ち返ってしまうのだ。風を遮り密封しなければ、侵食され崩れ落ちる世界なのだ。

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2018.06.30

小鳥




よく見る夢をひとつ思い出した。中学校の時通っていた塾の授業が今も続いていて、それに行くかどうするか迷っているというものだ。この塾で過ごした時間は、学校の教室で過ごした時間よりずっと印象深いものであり、僕の性格にも少なからず影響していると思う。正座するのが得意になったのは、弓道をしていたからというより、この塾に通っていたからであり、どうすれば人並み以上の結果を出せるかを学んだのもこの塾だ。中学の時は運動部に所属していなかったけれど、どんなクラブよりも、塾での時間は濃密だった。ただそこで友達ができるというものではなく、三年間一緒に通った三十人ほどの同級生と当時ほとんど話した記憶がない。英語の先生は、そこのお嬢さんで、お父さん同様、学校の先生をしながら、そこでも教えられていた。きっと僕が三年間辛うじて続いたのは、その先生に対する淡い恋があったからだと思う。そして、今も中学英語レベルの英単語だけはなんとかスペルを覚えているのも、この塾のおかげである。一生のうち、勉強らしい勉強をした経験は、後にも先にも、英語の教科書を覚えるまで何度も何度も書くというこの塾の宿題だけである。当時は、何も見ないで教科書の英文を全部書くことができた。誰だって英語のテストだけは100点を取れる単純な方法である。時々その塾があった場所を通るけれど、今はもう、その古びた町屋のような建物は何も残っていない。

尾野真千子を撮った川島小鳥の写真展を奈良写真美術館に見にいく。彼は、名前そのままに、可愛らしいジェンダーフリーな人だった。世界は、ジェンダーという最も根本的な生物的障壁を今乗り越えようとしている。それが未来を見る時、きっと人間には必要になっているということなのだろう。

この世界に立ち現れるイメージ、他者によってそれを再構築された言葉のすべて受け入れ、心に吸収して、反応するためには、自分をどのようしておくべきなのか。そう考えている今現在は、比較的気持ちがクリアな状態である気がする。

表現者の息子が父に匹敵する表現者になる確率は低い。娘の場合は、それに比べればたくさんの例がある。周囲が、そのお嬢さんを大切にするからとも言えるが、どうも、才能は、父から娘、母から息子というように異性間で引き継がれる確率が高いような気がする。

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2018.06.29

理由のない出来事




近頃、気づいたらズボンのチャックが開いたままということがよくある。今日はお客さんのあった昼前から帰られる3時まで開いたままだったみたい。少し前には小声で、コンビニの店員さんに注意された。これはどういうことだろうか。手順的に言うなら、ボタンを掛けて、チャックを上げるというところが抜けるわけである。手順を徹底すればいいというわけであるが、それ以前に長年のルーティンワークになっているようなものである。だらし無い、全くそうである。見かけを気にしなくなっているということだろうか。人からよくみられたいと思わなくなったら、人は終わりである。そういう意味でちょっと終わっている。確かにそういうことが気にならなくなった。そうするととても楽であるし、悩みがない。悩みがないというのは、これまたいけないのかもしれない。悩むがゆえに人である。そう言えば、会社の窓をひとつ締め忘れたことに今気がついた。行くのめんどくさいなあ。

梅雨時期の蒸し暑さと一面の水田と盆地の地形は関係するものだろうか。都市の蒸し暑さは、アスファルトとコンクリートとエアコンの室外機のせいかな。稲作は、最も自然に悪影響を及ぼす人間の行為かもしれない。けれど、それを批判することは、食べるために命を与える豚や牛、動くこともなく無精卵を産み続けるニワトリと同じに無意味だ。そして人間が人であることと同じに。この時期の蒸し暑さも、真冬の底冷えも、黄砂と花粉が混じった春の風、すべての不快もまた、肌の感触に意識を集中するなら心地よいものになる。



客の来ない本屋は必ず成功する。重要なことは、客が来ないことに耐えられる仕組みだ。

理由のない出来事は、出会いによって私のものとなり、その先行きは委ねられる。そこで初めて理由が必要となり、出来事の素性は歪められる。風が揺らす街路樹の葉音は、風景と私を結びつける縫い目のようだ。

虫かごの中にいるという経験、鉢植えの土の上に立っているという感覚。

現代社会における労働は、同時に愛を育むことと相性が良くないと言えるかもしれない。

Love has no pride when I call out your name
Love has no pride when there's no one left to blame
I'd give anything to see you again

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2018.06.27

The June




十年の夢がかなった六月は終わろうとしている。終わりはカレンダーによって告げられる。年のはじめ、まだ表紙のついたカレンダーは、途方もない時間の重なりのようで好きじゃない。かなった夢は破いた六月に置き去りにして、またおなじ夢を見続ける。その夢が、やがて僕を永遠の眠りに誘うまで。

舟越保武の宗教像は、いつ見ても心が安らぐ。それは、異形となったダミアン神父を写した像でさえも。きっと彼の心というフィルターを通ったリアリティなのだ。独善的な主張がない。ただそれを目にする人の気持ちに委ねる余地を残している。やさしさとはそういうことなのかもしれない。

抽象的なものは、それを理解するために知性が必要となる。あるいはその意図についての説明が要る。それは、表現として完成されていないと考えることもできるのではないか。押し付けがましいほどの具象もいけない。メタファーとは、そういう役割を果たすのかな。





時々、これは絶対うまくいくという妙案が浮かぶ時がある。それをなぜ実行しないのか。その時期ではないからである。時期とは、何かに押されるように物事が動く時であり、滑るように軽やかに進む時である。僕の人生に運があるなら、その時はやがて訪れる。運がなければ、後悔すればいい。後悔もまた人生の豊かさである。

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2018.06.26

世界




金融緩和というのは、ドメスティックな経済における政策として、物価を緩やかに上昇させることにより、消費を拡大させ景気を上昇させるものであると思うけれど、実際の経済では、為替による内外の差益に、より強く影響し、結果、物価も、企業の利益も、その点において一定の効果を実現している。ただこれは、貨幣価値を下げることになり、広く国民の富を収奪し、一部の人に再配分する効果しかない。よって格差は拡大し、暮らしは疲弊する。見掛けの経済は好況に推移することになるが、人々の実感が伴わないのは当然のことである。要するに、政権がある考えを実現するがために、国民が最も興味を示す経済の数値を作り、支持を維持するためのマジックにすぎない。わずか数%の支配層が、国民を搾取するという封建社会の復活。これこそが、安倍政権の思想の核となるものなのではないか。飴と鞭、まさに私たちは、その手法によって躾けられた「従民」に成り下がっている。しかも、そうであるにもかかわらず、多くの人々は、自分がその支配する側にあるという錯覚を抱かされているのである。

楽天の三木谷さんは、学年は一つ上だけれど同じ年生まれ。メルカリの山田さんは、ちょうど一回り下。山田さんの記事を読んでいて、おもしろいなと思ったのは、彼は高校の時、こんな風に生きれば自分もやっていけるのではないかというようなことを思ったらしい。僕も高校の時に、これは一生生きていける方法がわかったなと思ったことがある。きっと多くの人がその頃に同じように思うことがあったのではないか。そして結構それは正しい。では、その先で何が違ってくるのか。自分のその判断を徹底的に優先するかどうかなのではないか。多くの人は、社会や家族やあらゆる他者との関わりの中で、自分の判断を曲げてしまう。あるいは他者に自分を委ねてしまう。そのことによって、生きにくさが生じるわけである。それは至極当然のことだ。あえて自分の方法とは違った方法で進むのであるから最初は良くてもそのうち苦しくなる。これは「自由」ということとは違うところにある問題である。自分を知り、自分を生かすということについてのことだ。

世界との距離感、島国であり、時間軸においてもどこか隔離されているような日本では、このことが世代を仕切る壁となる。もちろん、その壁を軽々と超えられるエスパーも稀には現れるけれど、概ね、世代ごとの感覚は似ているのではないか。

ということで、昨日メルカリを買ってみた。せめて「世界」という夢を眺めているぐらいはできるかなと思って。今からでも、世界一周したほうがいいかな。

国が国のカタチを整えだしたら、あやしくなる。健全な国は、そこに住む人々が、様々に動き回ることによってカタチができるのである。

戦前の日本は貧しかった。特に農村部の貧しさは、今私たちがテレビで目にして驚きをもって同情する世界の貧しい地域の様のようか、あるいはそれよりひどい状況であった。そんな暮らしの中に美しさ、美しい精神世界はあっただろうか。美しかったのはまだ手つかずの場所が残る風景だけ、それも当時の人々からすれば脅威の対象でしかなかった。「美しい日本」があったのは、ごく限られた支配する側の領域のみであった。彼らが今目指すのは、「美しい日本」と名付けた旧態依然の支配構造にすぎない。(様々な考え方があります。)

人は、幸せにカタチを与えようとする。でもきっとそのカタチは、とげとげして、あるいは苔むした岩のように重くてぬめぬめとした、とても手で持ち上げることなどできない厄介なものなのかもしれない。

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2018.06.25

自分でも驚くほど、書き間違い、転記し間違いをする。目が悪くなったせいだろうか。二重チェックしても不安になる。同じように間違うのだから。だんだんと人の助けなしには生きられないようになるのかな。

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2018.06.24

「戦争に負けてよかった」




「戦争に負けてよかった。」
ある時まで、これは日本人の多くが実感として持っていた思いではないか。戦後の繁栄、一人ひとりの日本人の暮らしの変化、すべての現在は、終戦ではなく、敗戦によって実現したものであったに違いない。それがいつの間にか、「戦争に負けてよかった。」という言葉には、疑いが挟まれるようになり、だんだんと口に出してはいけないようなことになりつつある。知りもしない戦前、戦中を、あたかもこの国の本質、日本人の精神の完成形のように語る人が増え、愛国心とは、まさに当時の社会を復活させることと重ね合わせるようになった。鶴田浩二が歌う軍歌を大音量で流しながら街宣車が通り過ぎる。彼らから、あの歌と独特の色彩と排他的な意識を取り除くなら、どれほどの愛国心が残るだろうか。それは彼らだけのことではない。日本人にとっての愛国心とは、あまりにも表面的でそのくせ極限まで美化された無知の殻の中にある空洞にすぎないのではないか。

すべての価値を破壊し、その上に自らの及ぶかぎりの知によって新世界を再構築する。それが詩を生きるということだろうか。であるとすれば、詩とはまさに革命そのものということになる。

日本のサポーターは、なぜ試合後にスタンドの掃除をするのだろう。

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2018.06.23

主語のない戦争、主語のない国

なんかブラジルのサッカーって自由だ。改めてそう思った。自由であるがゆえに結果は別として、個々の選手の躍動感は、他の国とは異次元に思える。ワールドカップは、海によって隔てられた価値観の違い、生き方の違いのぶつかり合いのようでおもしろい。

東京で勤める時は、通勤に使っていた東急田園都市線の恐ろしいほどの混雑に驚いた。それでもしばらくすれば慣れたのだけれど、いまでもそんなに状況は変わっていないのではないか。同僚とスキーに行くのに練馬から関越に乗ったのはいいけれど、そこからすでに大渋滞が始まり、夜の12時に出発して、湯沢に着いたのは午後3時ごろということがあった。そんなふうに日本の経済は、驚くべきスピードで拡大し、停滞しているとはいうものの現在の豊かさを実現してきた。明らかに日本は、キャパシティ以上の人口であり、それが著しく遍在するという状況に今もある。それでも経済規模を維持するためには、人口減への対策が必要であるというのが、大半の考え方だ。ヨーロッパの同規模の国を見ると、人口は日本の半分くらいというところが多い。もちろん、世代間の人口の遍在の著しさも日本特有ということになると思うけれど、要するに軍国主義の時代の政策的人口拡大のツケを今もそしてこれから数十年に渡って払い続けることは避けられないということだ。超高齢化社会への言及は盛んに行われるけれど、そうなってしまった根本的原因には、あまり触れられることがない。安倍さんの言う日本が美しかった時代は、日本の百年以上に渡る姿を歪めてしまった時期であったと言えるのではないか。日本の国土からすれば、五千万人でも多いだろう。

森友・加計問題が、致命的な政治スキャンダルにならないのは、そこに賄賂がないからである。政権が、便宜を図っていようともその見返りとしてのお金が発生していないから。確かにそれはないのだと思う。だからこそ、安倍さんも胸を張っていられる。これまでの政治スキャンダルとは明らかに違っている。だいたい、安倍さんはお金に困っているわけではないし、政治資金も潤沢にあるのだろう。二世、三世議員で構成された政界における変容である。その代わりに彼らが欲する何かが賄賂として受け渡されているのではないか。お金以上の何かがそこにあるとすれば、それは国民にとってより深刻な問題である。

そうか、60になったら、赤いスポーツカーを買おう。赤いスポーツカーといえば、フェラーリ、はちょっっと無理として、小さなスポーツカーに乗り換えよう。その頃、車に乗るという移動手段はまだ残っているのかな。

生きている、沖縄からそれを奪ったのは誰だろう。その詩を朗読する利発な少女も、そこには言及できない。私たちは、それを封印してしまったのだ。米軍、大日本帝国、軍部、東條英機、天皇、あるいは私たちの弱さ・・・、私たちの戦争には主語がない。生の輝きを際立たせることによって、死をの存在を顕著化し、その責任を問う。素晴らしい詩であった。国を守るために軍事力を高めるというあまりにも単純な論理は、彼女の凛々しい声の前ではあまりにも愚かなものに思えてしまう。

戦後私たちがこの国の主権者になったとすれば、その勝ち負けは別として、被った被害、悲しみ、惨めさの責任を自らの手によって断罪すべきであったのではないか。

私たちの戦争には、様々な理由やたくさんの物語はあっても、いつになってもその行為の主語がない。

韓国のサッカーといえば、どこにも負けないアグレッシブさが特徴だった気がする。日本に欠けているのは、そこであると過去には比較されてきた。でも、今大会の韓国には、それがない。何だか品よくなって穏やかだ。実際、ソウルで見る韓国の人は、酔っ払いのおじさんたちを除いて日本人が考えているようなイメージではまったくなく、日本人より穏やかにさえ思える。サッカーのスタイルも、多分に社会状況を反映するということだろうか。

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2018.06.22

僕、なき世界




フジの蔓は切るべきなのかどうなのか。父の世代は、混沌の中で育ったせいなのか、とにかくすべてにおいて整備された環境を是とする。僕は、なんでも自然なままでいいような気がする。たとえそれが人の暮らしを侵食しようとも、その侵食した状態にこちらも適応すればいいのではないかと。環境道路として整備された堀の淵の道を亀が横断している。近づくと甲羅の中に手足を隠して難を逃れようとする。車のスピードを落として慎重にその横を通り過ぎたのはいいのだけれど、戻って来る時に同じ場所を通ると他の車に轢かれたようで割れた甲羅から内臓を出してじっとしていた。僕にできることは、それを路傍に運び、後悔するだけのこと。自然界において、亀が甲羅を割るほどの衝撃はそうそうないだろう。全く人間は矛盾を抱えた存在だ。いや僕がそうなのだろうか。考え出すときりがない。「人の役に立つ」という言い方をよくする。でもこの世界の役に立つことはもっと難しいかもしれない。僕は、計り知れない罪を背負って、辛うじて僕一人を生かしている。そう考えるとどうすればいいのかと途方にくれる。僕がいない世界の論理、そういうものを考えればいいのだろうか。僕にとっての世界は、僕が目にするもの感じるものによってできている。よって、僕がいなければ、僕にとって世界は存在しないということになる。しかし、その状態における論理までは全くたどり着けない。たどり着けないがために、その世界の実現には至らない。僕がないなくても世界は存在するという確信、必然に至らねばならないのだ。

蹂躙されることを受け入れるという生き方、それでも、順応すれば、生き抜けるかもしれない。それは罪ではない。人間本来の生き様である。何にプライドを抱くのか。翻る旗に向けられる恍惚だけがプライドではない。

日々たくさんの啓示を受けているというのに、何もしないでいては、何れ、しきれない後悔に苦しむことになるだろう。今日を見つめなくては、今日に耳を傾けなければ。

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2018.06.21

solstice




ニュースで聞いた日の出と日の入りの時刻からすると、今はざっと3/5が昼間ということになる。白夜とは言わないまでも、7時に会社を出るときにはまだ明るいし、窓から入る光で5時前には一度目を覚ましてしまう。そう言えば、仙台に住んでいた頃、冬には3時半過ぎになると少し暗くなってくるのに驚いた。なんだかそうなると取引先を訪問するのも変な気がして、会社へ帰ろうかなと思ったものだ。生きていく上で、昼夜の伸縮の論理など必要はない。その変化に生理的に順応できればそれでいいのである。論理は時に、心地よく生きることを邪魔するものとなる。知らないことは、その場所を居心地よくするのかもしれない。ただ自然に環境に順応する。自然とはまさにそういうことなのだろう。それ以上を求めず、知らないことの中にある小さな世界を居心地のいい居場所とする。それでいいのかもしれない。ひとりの人間は、その程度の世界で生きるようにできているのだし、それ以上には耐えられない存在なのではないか。ただ静かに、季節の移ろいに身を委ね、調和すればいい。

6時半ごろ、西向きに車を走らせると、沈むにはまだ早い位置に太陽があって、周りの風景を淡いオレンジ色に照らしていた。子供の頃に行った海水浴で見た1日の終わりの風景はこんなだったなあと思った。一人海水浴にでも行くかなあ。人の密度が高い分、一人スキーより相当ハードルが高いけれど。ということで、「一人海水浴」で検索すると、たくさんの人が実際にやっている。僕が思いつくようなことは、誰でもしているといういつものパターンである。ただ「一人おっさん海水浴」になると、相当絞られるかな。いや、そういうことを考えるのは得てしておっさんである。一人で海で泳いで、浜辺でビール飲んで、帰りに海辺の食堂で刺身定食でも食べながらまた飲んで、結構楽しいのではないか。カメラ持ってると怪しいだろうな。ひたすら飲んでれば、「ダメなおっさん」と周囲も納得してくれるだろう。家族連れを装うというのも手ではあるが、ストレスになる。まあ、ちょっと考えてみよう。海辺の民宿に一人で泊まるのも怪しいかな。というか、よく思うのは、周囲で楽しそうにしている家族の人に雰囲気的にちょっと迷惑かなという感じ。

やさしさも遺伝するのだろうか。三歳の姪は、お父さんにそっくりの性格を示している。容姿は、意見の分かれるところであるが、性格ははっきりと分かる。きっとお父さん同様、穏やかな人になってくれることだろう。

理想は、時に諸刃の剣になってしまう。どうも今の社会は、そういうものに手を出しているのではないか。

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