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「境界のエクリチュール」 in Book of days

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2019.11.18

エッジのキズを息かけてみがく それは素敵な季節のはじまり

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スキー場の情報サイトが初雪や積雪の知らせを伝え始める。不思議なことではないのだけれど、また冬がきて雪が降る。僕たちの感情にもこの四季の移ろいと同じような周期はあるのだろうか。

世紀を越えるあたりというのは僕にとって、人生の中で一番と言っていいほどに大きな転機になった時期なのだけれど、それからもう約二十年が経っていると言うのは、今日の糸井さんのほぼ日を読んで驚いた。それまでとはまったく違った観点で、あるいは価値観で、その後は生きているわけであるが、要するに思いもよらないことが生きているうちには起こるのであるし、結果からすれば、それさえ受け入れるしかないわけで、すべてのことはやっぱり「運命」ということになる。人生には激痛と同時にそれを麻痺させるような麻薬も用意されるような気がする。多くの場合は、それでなんとかかんとかやって行くということではないか。

美術館や記念館に行くと作品のポストカードの中に1枚くらい作家のポートレートが用意されている。何となく、僕にはそれが一番の象徴的作品に思えて買い求めたくなる。愛するためには物語が必要だ。物語には当然登場人物がいて、それによってすべては成立するのではないか。

例えば東尋坊とか、白浜の千畳敷海岸とかそういう大きな絶景を眺めながらも、その中に何より先に小さな人の動きを追っていることに気がつく。人間は人間を見つけることに鋭敏である。どんな動物の動きや美しく咲く花よりもまず最初に人間に気がつく。人間が好きでも嫌いでも、人間は人間に気がつくのである。

沢尻エリカという人には、だれから見ても神秘的で妖艶な魅力が備わっている。きっとそれを彼女は演じているわけではなく、無意識のうちに内在するものであろうし、彼女がそれを肯定的に受け入れているかどうかもわからない。私たちは彼女に何を見ているのだろうか。それを前提にしなければ、裏切っているのは、彼女ではなく、私たちの方ということになるのではないか。

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週末、一年ぶりに東京に行く。目的はほぼ日の株主総会だけれど、行きたいところはいっぱいある。この時代も東京にしかないものはたくさんあって、いやそれは物質的価値に照らせばということなのだけれど、それはやっぱり魅力的なのだ。

自分の心に敏感であること、それはきっと、この世界に敏感なことに等しいのではないか。なぜなら、すべては相似で、心と世界もそうであるはずだから。

岩崎ちひろの人生はまさに朝ドラのヒロインのようだ。でもそうならないのは、やっぱり彼女が共産主義者だったからなのだろうか。でも、民主主義とは、共産主義までも一つの考え方として許容するものであるべきなのでは。彼女の考え方には強く反戦の意識が反映しているような気がする。彼女の共産主義はまさに反戦とイークォールなものなのでは。少数派の正論をいかに社会の中で機能させるか、それはとても民主主義にとって大切なことなのではないか。

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2019.11.16

I hope that I don’t fall in love With you

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四十歳って聞くと若いなあと思う、不思議な感じ。

君たちがいた京都はもうそこにはなくて、もちろんどこを探したって君がいるわけもなく、あの頃の僕さえ見つけることはできない。それでも、色づき始めた町の様子をニュースが伝えれば、僕は電車に乗ってあの頃に会いに行きたくなってしまうんだ。あてもなく歩いて、最後には三条大橋の真ん中から今も時を流し続ける鴨川を眺めて、何度も繰り返した諦めをまた一つ放り投げる。こんな素敵な人生を与えてくれた君たちとそして君とこの町に、感謝しながら、ほんの少し恨みながら。

トム・ウェイツのしゃがれ声はどうして切ないんだろう。どうして欧米人の名前の氏名の間には「・」を入れるんだろう。

などと考えていたら、缶ビールを一本飲み終わる前に丹波橋に着いた。

Tと京都サンボア、めずらしく店の人に叱られなかった。今時のカプセルホテルはなかなか快適でいい。河井寛次郎記念館を訪れるたび、こんな家いいなあと思う。迷路みたいな、基地みたいな、隠れ家みたいな。それに日本家屋特有に暗さ、密度の低さ、手作り感。

普通とは、完全なものを言うのだろうか。この「完全」と「普通」と言う二つの言葉が私たちを歪めているような気がする。私たちは完全でもなければ普通でもない。

宇宙に存在する無数の星はそう簡単にはぶつからない。それはまさに奇跡である。私たちはその奇跡をいとも容易く起こせると勘違いしているのかもしれない。

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2019.11.15

認められている崖

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若者の中では、「格差」というゲームを楽しむ風潮があるのかもしれない。社会と個の相対的関係性は僕が若いころとは大きく変わっているのだろう。拡大を続ける経済の中では、個の働きはその拡大に同調することであったわけであるが、停滞、あるいは縮小する経済においては、その中で領域を広げようとする働きが必要となる。実力、まさに今はそういうものが求められるのだろう。精一杯背伸びをしてどこまで届くのか、あるいは垂直跳びの到達点はどこなのか、そうやって領域を広げなくては、何にもなれない時代なのかもしれない。

弱者が生き残れない社会は、社会として成立していない。いや社会を構成する必要がない。社会ではなく荒野である。

「あー、あの頃もっと何かできたはずだ」と思うのはどうしてだろう。今からでもやればいいという人もいるかもしれないが、それは違うわけで、やっぱりあの頃のあの光の中で、ということなのである。

「士農工商」というのは、縦に並ぶ身分制度であると習った。しかしそれが、横に並ぶ社会構造であるとすればどうだろう。案外、当時の考え方も、身分制度というよりも、役割分担に近いものだったのかもしれない。きっと貧しさは、等質にそこに存在したのではないか。もしかしたら、歴史というものは、偏見を作り出す役割を持つのかもしれない。

取引先の担当者で、仕事をしながら公認会計士の勉強を続けている若者がいる。家に帰ってからも毎日遅くまで勉強するのだけれど、なかなか思ったようには進まないという。話をしながらふと思った。会計士になるのと医者になるのと、それから詩人や小説家になるのは、どれが一番エネルギーが必要で難しいことだろう。今までそういう努力を一切したことがない僕には想像もできないことだけれど。努力して何かになる、考えてみればなんて素敵なことだろう。などと今更思っている僕は何だろう。

葬式のお花のお返しにカタログギフトをもらったので郵便受けを選んだ。郵便受けだけ新しくなった。何かいい知らせが届きますように。

不思議な言葉が会話の中にあったのでメモしてみた。建設中の京奈和道から道場へ上がる崖の話をしていたときのこと。

今でこそ年をとって涙もろくなったけれど、思い返せば若い頃は泣くことなんてなかった気がする。どんな時に涙が流れたかな、思い出そうとしても一つも出てこない。涙が流れた記憶、書き留めておきたかったなあ。

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2019.11.12

When is now?

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記号としての敬語、以前に比べて日常的には敬語の精度が高まっているような気がする。けれどそれは、人間関係の中で自然に表れるものというよりも、記号化されたものとしてではないか。また、お店の店員さんの挨拶などに触れると一般的な挨拶も記号化されているような気がする。あの人たちだって、それが記号でなくてはあんなに繰り返せないのではないか。記号は、人間の思考を簡単にするために用いられる。そして結果として、記号への依存による思考の停止を生じさせる。現代に暮らす私たちは、考えることに疲れているところがある。それは、過去の時代において労働がそうであったように、大きな意思への依存をもたらすのではないか。

考えてみれば、今回の即位に関する一連の行事は不思議なほど何ごともなく穏やかに進められているように思える。まさにこれは日本人が保守化したためということになるのか、あるいは戦後七十年以上を経て日本国憲法下における天皇制というものが定着したためなのか、国民の中に疑いまではいかなくても、違和感のようなものが皆無になったからなのだろうか。ただ、少し不安に思うのは、民主主義という意識もそれと同じに希薄化しているのではないかということである。日本人にとって、天皇制も空気のようなものであるとすれば、民主主義も空気のようなもの、その中でうまく呼吸することで社会も個人も心地よい状態が維持されるならばいいのだけれど、空気の中に何か毒が混ざり込むようなことがあるとすれば、いきなり息苦しい社会になってしまうのではないかと思ったり。

光、私たちの目は、人工的に作られたレンズのそれよりもずっと広い範囲の光を柔軟に認識しているような気がする。それは、写ったものを解析する脳の働きによるものと言えるのかもしれない。光は本来もっと単調なものなのではないか。

自腹で買収するのか、税金を使って買収するのか。それが今までの金権政治と安倍政権の手法の違いではないか。不思議なことに税金で買収する方がきれいに見える、法にも引っかかりにくい。まさにそれを権力というのではないか。近頃の日本は、まったくいつの時代なのかというところに戻っている気がする。それがまさに美しい時代の「美しい国」というところだろうか。

昭和天皇が亡くなったときのことを思い出す。何となく国中に空虚が広がったようなそんな感じだったと思う。それはきっと、天皇とともに国民の多くが負ってきた戦争というものが見失われることで一時的に罪をも含めたアイデンティティが消滅したことによる空虚だったのではないか。平成天皇は、その空虚を何とか埋めようとある意味、昭和を延命させる努力をされたのではないか。そして今、その次の代替わりは、天皇が望むと望まざるにかかわらず、すべてを帳消しにする儀式として行われている気がする。私たちは、それでも戦争を忘れるべきではない。いや厳密に言えば、すでに多くの国民の記憶にはない戦争を外部の記憶装置に頼っても、残さなくてはいけない。その罪と事実を身に刻まなくては。

今になってわかった。クラスで一番かわいい女の子と付き合うには、自分もせめて一つぐらい「クラスで一番〇〇」にならないといけなかった。学校で一番かわいい子と付き合うには、「学校で一番〇〇」に。そう思ったら、もっと勉強もしたかもしれないし、生徒会長に立候補したりしたかもしれない。要するに、自分を立たせる力を持てたのかもしれない。恋とはそういう力があったはずなのに、何だか違うエネルギーに変えてしまっていたのかな。きっとしっかりしたやつはそういうことがわかっていたんだろうな。

WOWOWで、杉山清貴&オメガトライブのライブを見ていて、何だか、三十年という時間を実感するような気がした。彼の歌声の変わらなさと少しぽっちゃりとしたその姿が時間を可視のものにしているように思った。杉山清貴は、さだまさしに似ているように思うのは僕だけかな。

そろそろ取引先からカレンダーが届きはじめた。本当に、昨年末にもらったカレンダーを社内で分けた光景をほんのちょっと前のことのように思い出すわけであるけれど、それくらい密度の低い日々を送ったということなのかな。考えてみれば、人生の中で絶対的に他者に時間的拘束を受けるのは義務教育の間だけということになるのだろうか。それ以降は、一応、自分の意思によってすべての時間を使うことができるわけである。そう考えると僕たちは相当自由である。そして相当自由な時間を持っている。

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2019.11.10

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京都一周トレイルのおまけとして、清滝から愛宕山に登る。登山道は山頂の神社の参道になっているからきれいに整備されている。だからずっと階段状の道で思ったよりもしんどい。その道を小さな子供を抱っこやおんぶして登るお父さん、お母さんを何人も見かけた。考えてみれば、僕は何も背負っていないわけでその人たちに比べればずっと楽であるはずだ。でも、やっぱりしんどいのはどうしてだろうと考える。

パレードを観に行っている嫁さんから連絡があり、姉妹でフジとテレ東のインタビューを受けたとのこと。彼女曰く「いい思い出になった」と。何だかその言葉に哲学的な響きを感じた。彼女は僕よりずっと哲学的に生きているような気がした。

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2019.11.09

ZEN-NOH

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与えられた多くの時間をドブに捨てている。それは多分間違いないことなのだけれど、そういうことではないような気もする。人生それ自体がドブであるということなのか、「ドブの流れにように」なんて誰も人生を例えることはないけれど、ドブの淀みに人生の実りがあってもいいだろう。

京都に住んだのは一年半、京都に通ったのは四年、あるいは六年、川端通を修学院まで上がるとなんとも懐かしく、心穏やかな気分になることができる。用事は決して穏やかではなかった日々だったかもしれないけれど、記憶装置はそんなふうにできている。

日韓戦、サッカー、野球、バレーと実力が拮抗する競技がいろいろあるけれど、なぜだか僕は韓国を応援したくなる。その理由は、何となくアンチ日本的なところがあって(それを反日と言い直すと政治的になるけれど)、あるいは天邪鬼なのか、いや韓国のチームは切なく感じるのである。それが、卓球に関しては、日本チームが切ない。それは、日本で卓球という競技を選ぶ人が持つ切なさなのかな。

六十歳まで五年、いや今からだと五年半かな。ようやく心身ともに人生に切迫感を覚えるようになってきた。綺麗に折り返した端と端を重ねるように六十歳までには自分の中で納得できる何かができればいいなあ、と思う京都の夜。人が求められるものは、この世界がどう見えているのかの表明であり、その次にはこの世界がどうであるべきと考えるのかの回答ではないか。もちろん小さな私がそれをしたところで何も変わらないのだけれど、それでも一応、生まれたからにはそれくらいはしておきたいということである。

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2019.11.08

冬に至る

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名詞化した動詞はなんとなくその意思が強く現れるような気がして使うのを躊躇ってしまう。行為の断片化、あるいは感情の一般化がそこでは生じているような気がする。言葉が本来持っていた流動性をなくし、心と行為が直結して遊びが無くなったシステムのようだ。

ルーズな感じ、なあなあとか、だらだらとか、境界を曖昧にするような価値観が、これからは重要なのではないか。

改憲派も護憲派も、現憲法が、戦後の日本という国を形づくり、それを維持する役割を担ってきたという見方には変わりないのではないか。そこから議論を始めれば、改憲ありきではない話し合いができ、日本という国にとって必要なものは何かが共有できるような気がする。

この時期、毎年のように考える。一年単位の手帳が必要なほど密度の高い一年を過ごした経験が今までないなあと。

五十五歳というのは、概ね誰もが働くことができる年齢としていまも適切なものなのではないか。そこから先はやっぱり個人差が生じるような気がする。昔に比べて老化するのが遅くなったように言われるけれど、ドラマ「修羅のごとく」を見ていると、当時のセリフにもそのようなものがあった。もしかしたら、それは過去に対する錯覚による気のせいなのではないか。

首里城の火災は残念なことだけれど、まだ完全に鎮火していないうちから、政治家をはじめ、いろんな人たちが再建について言及するのに違和感を覚えた。城というものは、再建すべきものなのだろうか。観光資源と考えれば必要であるのだろうが、人々の暮らしと時代と社会とを考え合わせた時、燃え落ちたとしても、朽ちたとしても、そのままであるべきものである気もする。ディズニーランドにはシンデレラ城が必要だけれど、私たちの暮らしの中に城は必要なものなのだろうか。あるいは、暮らしの中で、城と「城跡」ではその存在は違うだろうか。城のある町、あるいは城跡のある町は、独特の雰囲気がある。それはきっと、町の中心となるものがあるために、町並みが比較的に昔のまま残っているからではないか。しかし同時に、それは価値をも残す役割を果たしているのかもしれない。価値を上書きすることは慎重であらねばいけない。

死に至る能動、死を受け入れようとする受動。

近頃どんなスポーツ中継にも興味を持てないのはどうしてだろうと考えていた。その答えとして思いついたのは、あらゆるスポーツがプロフェッショナル化してしまったからではないかということだ。この場合のプロフェッショナルという言葉は、職業というよりも専門性という意味合いが強い気がする。要するに、あまりにもそれぞれの競技の技術が高度化してしまったがために、必然的に専門性が求められることになる。その結果として、選手たちは早い段階から専門的訓練を積み重ねることになり、何だか、別の次元で競技をしているような意識が見ているとしてしまうというわけである。

コメというのは本当によくできた主食であると思う。例えば、ご飯を食べながら、欧米の様々な料理を食べることはできるけれど、パンを食べながら和食をはじめとしたアジアの料理を食べるのは難しいのではないか。

三十が人生の折り目だとすれば、もうすぐ端と端がぴったり重なる時が来る。今から思えば、やっぱり人生は若い時に考えたように推移し、やがて終わりを迎えるのだろう。あとは、出来るだけその終わりが綺麗なものであればいいなと願うのである。

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2019.11.04

ロマンチック

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やりたいことがわからないのは、若者たちだけのことではない。大人だって、やりたいことがわからない。テーブルの上をお菓子のカケラを抱えて巣へと運ぶアリたちにやりたいことはあるだろうか。草原で一日草をはむ羊たちはどうだろう。人間だってその目的においてそれらとなんら変わることはないはずだ。要するに、人間だって、やりたいことなどないのは普通の状態である。自分にはやりたいことなどないなあと思い悩む必要などない。そういうことが頭に浮かぶ人は、遺伝子上の確率によって稀に現れる変異である。やりたいことがないということも自由の一つの形である。前を行く人にただ従うことは本来の人間の姿である。

若い世代に未来に対する失望感を与えている一つの要因は、低金利なのではないか。もちろんそれはお金を使う時には有利なのだけれど、やっぱり、貯金をしてそこに少しでも実感を伴う程度の金利がつくことがインフレとわずかな賃金上昇以上に個人にとっては大切なことなのでは。小学校では今も子供銀行ってあるのかな。いくらお年玉を貯めてもそこにはほとんど金利は付かない。貯金は、単純な意味での貯金でしかなく、貯金をするという努力は報われないのである。金利が変動することは経済の調整弁として必要であるが、まったく無いに等しいという状況は、ある意味では、経済の危機であり、国民への裏切りと言えるのではないか。我が国では、現在、今持っているお金は将来価値が低まってしまうという状況にある。考えてみれば、こういう状況がどうして長い間許されているのだろう。多くの日本人にとって、低金利は有利なのだろうか。僕にはそうは思えず、これもまた巧みな搾取のシステムの一部なのではないかと思えてしまう。もしかしたら、今の日本の金融政策は、破綻してしまった経済を延命させているだけなのではないか。

何だか、いろんなことが混乱の中にある。冷静に一つひとつを整えていけばいいのだけれど、どうもそんな感じではない。あまりにも多くのことが同時に動いていて、どれを基準のすればいいのかわからなくなる。結局すべてのものを持て余すだけになって、狼狽えてしまうのである。

よく出来た映画を見ているとほんの二時間ほどであるにもかかわらず、そこに描かれた世界がすべてであるような気になる。本来この世界とはそういうものなのかもしれない。

写真のべた焼きを何枚か見ながら、何かはっきりとした対象を撮っていないなと思う。そこには空間がある、言い換えれば空虚、あるいは逃避の痕跡。写真とは、対象を残すものだと思う。文章も同じかもしれない。私たちは、常になにかそういう対象に向き合うべきではないか。

ふと思った。日本国憲法は、世界でも稀なほどの信仰の自由を保証しながら、同時に極めて宗教的な存在である天皇を象徴と規定する。

いまに暮らしの中では、燃え上がる炎を目にすることはほとんどない。

火曜の夜からタバコを吸っていない。禁煙しているわけではない。タバコをやめようという明確な意思があるわけでもない。コンビニまで買いに行くのがめんどくさく感じたから吸うのをやめたわけで、ついでに吸わないとどんな感じかなと思ったわけである。タバコを吸わないのは、十八歳の時以来だから、十八歳に戻ろうというわけである。タバコを吸わないということはポリシーに反することなのでそのうち吸うわけであるが、チェーンスモーキング的になっていたのを、ちょっとこの機会に特別なことにできればと思ったりする。

世の中には、ロマンチックなことが少なくなった気がする。それは、私たちの力で社会を変えることができるというような大きなことから、身の回りの出来事に至るまで。その代わりに、現実的な成果とそれに至る方法を探求することが重要なことになっている。もしかしたら、日韓のすれ違いも、この「ロマンチック」というものに関わっているのかもしれない。

葛城山に登ったら、もう山上は寒いくらいだった。白馬とかなら、もう冬のようなものなのかな。

スキーシーズンがもう直ぐ始まる。シーズンの中で、一番条件がいいのは信州に限れば、三月ではないかと思う。一月、二月は、吹雪とか深雪で、なかなかいい条件にならない。一番楽しいのは、残雪を探して滑るゴールデンウィーク、それから、シーズンが始まる十二月中頃かな。今年の夏は近年ではあまり暑くならなかったように思う。秋は台風の影響もあり雨が多かった。こういう年の冬はどんな感じになるのだろう。

 

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2019.10.29

開いた窓と閉じた心と

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この世界は群衆によって成立しているのか、あるいは、私と後はわずかな人とそれ以外の空虚によって出来ているのか。

部屋の壁に書けられた額が窓の役割を果たすとすれば、その窓は、外の世界を眺めるためのものでもあるし、自分の内側やわからない世界への窓である場合もある。どちらにしても、無限を感じられる窓が好ましい。

死の上に雪は降る。覆い隠すように降り積もる。

子供の頃から、先のことを楽しみにできない性格である。旅行の予定とか、抽選の発表とか、そういう先のことを待つのが楽しみどころか、苦しみだったりする。本当にみんなはそういうことを楽しみにしているのかな。老後の楽しみなんてあり得ない。先のことを楽しみにできる人は、現在を楽しんでいる人と言えるのかもしれない。先は楽しみだけれど、現在も楽しい、だから楽しみに待てる。

死ぬ時って、自分が撮影したフィルムは燃やすものなのだろうか。当事者がいないのに断片化した記憶だけがその後も残るのはなんだかおかしいような気がする。第一、他の人からすれば、他人の記憶など邪魔で仕方がないだろう。

母方の曽祖父の記憶は少しだけある。父方の曽祖母は僕が生まれたときはまだ生きていたらしいが僕にはその記憶がない。生きている人の誰にも記憶にないようになった人は、仏壇の上の遺影としては記憶され続けるけれど、生身としては存在しなかったのと同じことになる。有名な人は、様々な形で何百年と経っても多くの人に記憶される。しかしそれは、歴史であり時代としてである。芸術家が残した作品は、芸術家の名前を同時の残すわけであるけれど、モーツァルトやゴッホを僕たちは知っているが、彼らは僕たちを知らない。知らない人に記憶されることは意味があるのだろうか。本来、他者の記憶に残るとはどういうことだろうか。永遠とは、どのような概念か。

若い人たちが描いた絵をたくさん見る機会があり、まだ有名とはいえないその人たちの絵の中にいくつかとても印象に残るものがあった。僕には絵が上手いとか下手とか、その画材が何なのかとか、そういうことは全くわからないから、彼らが対象化した記憶の残像のようなものに共感するかどうかが、印象的かどうかということになる。概ね、暗いイメージの絵が印象に残る、あるいは、コントラストの低いものに惹かれる。それから、何だかよくからないものもよく思える。僕の部屋の窓は、そういうものに向けて開かれている。

昼と夜の境界、私たちはもう夜を怖れるどころか、その境界さえ見えなくなっている。人工の灯りは、すべてをあらわに見せながら、同時に心の光を打ち消してしまう。

まるで生きているように、花弁一枚落とすことなく、いつまでも在り続ける。私たちはみんな、水分によって命を繋ぎ、水分によって朽ちていく。

十八歳の自分に戻ってみよう、ふとそう思った。十八歳まで戻れば、今の僕はほぼすべてキャンセルされる、そして無敵に戻れる。無謀とも、無知とも言えるけれど。それはさておき、十八歳に戻ろう、十八歳の夏休みに。

年をとるといろんなことが思い出せなくなるけれど、思いつかなくなるわけではないのかもしれない。

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2019.10.25

凸と凹(デコとボコ)

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長い間探しているのだけれど、なかなか見つからないものが三つある。いや他にもあるかもしれないけれど、今日親戚の通夜で思いついたのは、三つである。一つは、祖母が亡くなる前にくれた数珠、ずっと使っていたのにいつの間にかなくなってしまった。それから、高校時代に写真部の友人が教室で撮ってくれた白黒のポートレイト、確か背景の黒板には放物線が描かれていてその前で笑っている自分も顔が気に入っていた。もう一つは、就職する前にしばらくの間地元で弓を引いていた時に、先輩からもらった政則の四つ掛け、とても気に入っていてこれが見つかったら弓を再び引き始めようと思っているけど見つからない。きっと他にももっと大事なものがあるような気もするけれど、思い出さないものはもともとないのと同じである。私たちは、覚えていることでできた世界で生きている。忘れてしまった圧倒的に多くのことは、銀河宇宙の外側よりもこの世界ではない。しかし、無くしてしまってもその存在を覚えているものは、空できらめく星々のようにこの世界の一部なのである。

世の中には、デコな人とボコな人がいるのかもしれない。どっちがどうということではない。なんとなくそうなのである。時々、デコでもボコでもない人もいるかもしれない。

答えのない世界で生きる唯一の方法は、自分で考え、自分の答えを探し出すことである。学校教育は、管理を容易にするためにすべてのことに答えを用意する。そしてその答えを導き出すための方法さえ一元化する。長い期間にわたってそういう教育を受けて育つ私たちは、よほどへそ曲がりでないければ、物事には一つの答えがあると思い込む。そんな頭で、多様性とか、違いを認めることなどできるはずがない。社会に出てからも、議論することはあっても、それはまるで予め用意さえた答えに至る儀式のようなもので、答えを用意しない会議は批判されたりさえする。このことは、私たちがいかに全体意思の存在を意識し、自分がその一部であるということを認めているかということではないか。

人間は生物学的にいえば、何歳で親から離れ自立するものなのだろう。南紀のパンダは、永久歯に生えかわると親から離されるとニュースが伝えていた。教育や社会のあり方には、霊長類研究の成果は反映されているのだろうか。「自然」をいかに社会に取り入れるのか、それは、高度化した現代社会に生きる私たちのとっても、とても大切なことのように思える。

XVの特徴として視野が広いというのがあるようだけれど、リアの窓が小さくて後方がよくわからない。みんなこれでいいと思っているのかなと思うのだけれど、要するに後方視界は、バックビューモニターで確認するのが普通になっているのではないか。今時カーナビをつけない人なんてほとんどいないわけで、それを前提に燃費向上のためのデザインを考えるとリアの窓は小さくなってしまうのだろう。あとアイサイトは、常に挙動をコントロールしているせいなのか、僅かにエンジンブレーキがかかっているような感覚がある。なんか不思議な感じなのだけれど、それに慣れるとエクストレイルに乗っているときにすーっと走る感覚が逆に怖くなる。

学校でいじめが多発するとすれば、それは閉鎖された環境において意識がうちへと向かうせいなのではないか。かと言って、教育現場に社会や親が過度に介入するような状況はもっといけない。学校の内側から、社会に対してなんらかの作用が生じるような仕組みがあれば、内側で沈殿してしまう思いを溶かすことができないだろうか。そのためには、まず内部がもっと自由でなくては行けない気がする。子供たちも自由で、先生にも自由があれば、凝固する思いはなくなるのではないか。

日韓関係の政治的解決が模索されているという。コメンテイターは、冷静な口調のその可能性を解説する。しかし、日韓問題を再び政治的に解決していいものなのだろうか。そこでは、また実際に被害にあった人とその人たちに思いを寄せる国民が置き去りにされる。ムンジェイン政権は、まさにそれではいけないという考え方に足場を持つものである。日本にとっては、もはや日韓関係は歴史認識から切り離された現在の問題との捉え方が一般的だ。だから無感情にあるいは嘲笑するように語られる。あらゆる罪を葬り去ることを前提に解決する。それが、日本政府側の政治的解決の意図である。その結果、日本国民は背負った重い十字架を下ろし、何もなかったように振る舞うことになる。

自由は社会に対して多くの新たな問題を生じさせる。しかしそれが、自由のせいであると断じ、再び規制し始めれば元の木阿弥である。原因は自由ではなく、美しく見える過去への感傷なのではないか。

他人を信じることと疑うことはどちらが楽なことだろう。他人を信じることと他人から信じられることはどちらが難しいことだろう。この年になってようやくそんなことを考えるようになった。今まで当たり前だったことがとても難しいことに思え、何かに縋りたいと思う人の気持ちがわかるような気がした。

今の時代、学校の先生は大変だなあと思う。お医者さんだって大変だ。コンビニのオーナーも大変、中小企業の経営者も、まあ、みんな大変なわけである。では、どういう選択をすればいいのか。世の中全体が少しだけ意識を緩めればいいのではないかなと僕は思うのだけれど、そういうわけにもいかないのかな。みんな自分が求められる分を他者にも求める。その好循環なのか悪循環なのかが、社会をシビアにし、日常を締め上げる。それが既に全体の仕組みとして出来上がっているような気がする。だれかがそうではないと言ったところで、変えられるものではなくなっているのである。あとはその仕組みから離脱するのかどうかという選択肢だけが残される。しかも、離脱に際しては相応の対価が求められるのである。政府はその仕組みの中に誰もができるだけ長くとどまり、その一端を担い続けろというわけである。それが全体を維持するためには必要であるのだと。

電車に乗って車窓を眺めていると、森の向こうに海がぱっと現れることがある。「あ、写真を撮ればよかった」と思ってカメラのレバーを触ってみたりするけれど、景色に向かって構えようとはしない。するとまた同じような森越しの海が見える。「あーやっぱりカメラを構えておけばよかった」と思うのだけれどあとの祭、と思っていると、またまた海が現れる。結局一枚も海の写真は撮れずに、列車は長いトンネルへと吸い込まれていく。もしかしたら人生にも同じようなことがあるのではないか。チャンスは何度も繰り返しやってくる。一度のチャンスで成功する人は運のいい人で、何度目かのチャンスをものにする人が賢い人だ。多くの人は、幾つものチャンスを繰り返し見送り、後悔だけがトンネルのように続いていく。それでもトンネルを抜ければ、またチャンスはあるかもしれない。要するに、どこでカメラを構えるという行為に至るのかということである。それは運とは関係ない。駅に着くまでにはまだもう少し距離があるだろう。ちなみにこれは、賢島まで行く近鉄線の鳥羽の手前から感じることである。

「どんなタイプの女性が好きですか?」なんて聞かれることもめっきりなくなったけれど、「美術館のキュレーターをしているような人」かもしれないと日曜美術館を見ていて思う。ではそれはどんな人なのかといえば、美を直感的にではなく知性によって愛でようとする人、ということになるのだろうか。その屈折した心が容姿に表れている様がいい。

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2019.10.23

「そしてふたりは、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました」


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改めて、1950年代に作られた「白雪姫」と「シンデレラ」を見ていると、手塚治虫とそっくりだなあと思ってしまう。いやそれは逆なわけで、最初はディズニーを真似していたということなのだろう。もちろん、次第にオリジナリティを高めていくわけであるが、キャラクターは、よく中国が真似していると言われたのと同じくらいに似ている。これだけのことに限らず、多くの産業が、欧米の真似から始まっていることは批判されることでもないし、当然のことなのかもしれない。極論するなら日本という国家自体が、明治以降、欧米の真似をすることに努力した結果として今の日本があるのだろう。中国も近頃ではデザインのおいて、とても先進的なものになってきているらしい。韓国の成長速度は、日本を上回っていたし、中国はそれをも上回った。そして東南アジアは今まさに、もっと速いスピードで成長しているのではないか。日本人は何かにつけて、日本は特別であると思うわけであるが、それはやっぱり時代の中で時差によって生じた錯覚であるのではないか。そんなことはどうでもいいとして、七十年前に作られたものとは思えない生き生きとしたキャラクターは、今でも子供だけではなく、大人も十分楽しめるものだ。

本を読むようになったのは多くの人がそうであるように、推理小説がきっかけだった。そのきっかけは何かと思い返せば、「ルパン三世」だったのではないか。そこから、モーリス・ルブランのルパンシリーズを読みはじめ、その中にあった「ルパン対ホームズ」から、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズに移り、エラリー・クイーンやアガサ・クリスティへと広がり、創元推理文庫の中で、他の分野も読むようになった気がする。それはすべて、高田にあった今はなき竹村書店のあのころの僕にしたら大きな棚でのことである。

日本国憲法は、改正するまでもなく、相対的な意味で、日本社会の中でその役割を変えているのかもしれない。社会は時代の中で右に振れたり左に振れたりを繰り返す。左に振れれば憲法は保守的なものとなり、右に振れればリベラルなものとなる。要するに憲法自体はその場所を動かすことはないのだけれど、社会を左右どちらにも振り切ることのないよう重りの役割を果たしているのではないか。だからこそ、左右どちらの急進派もその存在が邪魔になるというわけである。改憲派の持ち出す最も分かりやすい論理は、自主憲法という考え方である。しかし、憲法を変えれば、日本はアメリカの要求を拒否したり、独自の考え方で外交をできるようになるのだろうか。反対にますます追随することになりはしないか。あるいは、独善の外交になりはしないか。私たちは、日本国憲法下で、三人目の天皇を奉ずることになった。七十年が経過した現在も、憲法の精神を超える民主主義の実現には至っていないということである。三代もの長きに渡り、天皇とその家族を高い塔に軟禁することで自分たちの安寧を得るという罪を犯しているわけである。

今朝の新聞の見出し、「象徴 つとめ果たす」とはどういうことだろう。存在の矛盾が、このような意味不明な言葉を天皇に求めることになる。それを強いているのはまさに主権者である漠然とした顔のない国民である。

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2019.10.22

桜のよう

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人間というものは、つくづく闘うことが好きなのだなあと思う。そして、日本人の場合、それがどうも美意識にまで繋がってしまう。もちろんラグビーはゲームであるし、笛が鳴ればノーサイドの精神を大切にする。けれど、それを賛美する言葉にはどうしても危うさを感じてしまうのである。日本人の国民性が桜の様に似ているのか、桜に例えるがために国民性がそのようになったのか。どちらにしても、散る様が美しいというよりも、木一本が一つの大きな花のように見えるところが、国民性というよりも、日本社会をよく表しているような気がする。散る時は一斉では悲しすぎるわけであるけれど。

自分が悪いわけではない、社会のせいだ」っていう言い方はいけないような風潮がある。でも、どんな時代にも人を押さえつけるものは、結果としてみれば社会なのではないか。社会とは何だろう。多数の側、既成の概念、全体主義、利害、そんなものすべてが、不条理として弱い立場の人に襲いかかる。そして、誰もが多数の側に身を寄せることで、災難を避けようとする。

いじめということを考える時、僕はいつも小学校のクラスにいた一人の女の子を思い出してしまう。彼女はとても痩せていて、その様子から、いわゆるいじめがずっと定着していた。そして、その子をかばうのはいつも、クラスで一番勉強ができた真面目な女の子だった。僕は、その女の子のことを好きだったこともあって、彼女の言葉を理解しようとフォークダンスの練習で誰も痩せた女の子と手を繋ぐのを嫌がっている中で自分だけは手を繋ぐことにした。その時の冷たい手をいまも感触として覚えている。いじめもそうであるし、その他の社会問題にも、多くの場合、何らかの稚拙な理由があるような気がする。しかし、その本質はまさに不条理である。自分ではどうしようもできないことによって、何かが決まってしまう。成人した後の同窓会の折、痩せた女の子はその後自分で命を絶ったことを知った。真面目な女の子は今もそのままの真面目さで不条理とも少し妥協しながら高校の教師をしている。人は、幸せになることを目的に生きるのだろうか。それとも何か違ったよくわからないけれど、何かに至るために、あるいは導かれて生きているのか。幸せまでの距離は、いつも不公平に与えられたもので、それは誰にも不満を言うこともできずにただここにはいられないという理由だけで歩き続けるしかない一本道なのか。

体をぶつけ合って、半ば命懸けでボールを運んだ彼らはまさに勇者で、でも彼らにもノーサイドの笛とともに訪れる憂鬱もあるだろう。グランドではあんなにも明確であった生きる理由が笛と共に消えてゆく。だから人はいつも闘いを求めるのか、存在の理由を可視のものにしておくために。

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2019.10.20

渡りそびれたチョウのみる夢

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久々のパラダイス、ここは相当パラダイスだ。しかも五時過ぎに会社を出て、夕食に間に合うという近さ。料理も美味しく、中居のお母さんも絶妙の気さくな距離感を保っている。素晴らしい。すき焼きを食べると子供の頃を思い出す。母が料理をあまり好きではなかったせいか、うちの晩ご飯は、ほとんどすき焼きと水だきが変わりばんこのようだった。きっと両親が死んだら、すき焼きを食べるたびに涙が出るのではないか。すき焼きといえば、大学のクラブの正式な飲み会もいつもすき焼きだった。それにはあまりいい思い出がないけれど、それでも今となっては懐かしい。すぐ近くの有名な和田金より、この小西屋旅館に泊まって、朝夕食べてまだ安いというのはびっくり、中居さんにもうちょっと高いプランにすればもっといいかなと聞くと、これで十分でしょうとのこと。確かに、お腹一杯になって、一人でも楽しく過ごせた。

最悪の状況を予想することで結果、そうでもなかったと安心する、それは悲観主義というのかな。あるいは、最高の状況をイメージして、それにできるだけ近い結果を得る、それは楽観主義?

「青春の1ページ」という言葉があるけれど、人生の中で、青春のページは何ページあるだろう。青春は、人生のプロローグ、あるいは準備期間なのか、それとも本章なのか。

何年ぶりだろう。ふと思い立って神島に行った。市営船のタイムスケジュールには少しの変更があるけれど、島の様子は変わらない。そして、相対的な感覚として自分は変わったような気がした。何が変わったのだろう。何か変わったのである。変わらないものを目にした時に初めて感じるような変化である。初めて行ってからだともう十五年あまりになるだろうか。あのころ出会った子供たちはもう高校生か、島を出て行っているのかもしれない。十月の上旬ぐらいなら、ちょうど島はアサギマダラの群れが飛来しているところだったけれど、灯台への小径を歩くとのんびりとしたチョウがアザミの花を行き来しながら少し強い風に煽られるように揺れていた。

神島の人口は、現在三百人あまりであるとのこと。三島由紀夫が書いているところでは、その4倍以上の人が住んでいたらしい。確かに今は古い廃屋が港から広がる町並みを形成しているとさえ言えるし、十年前は至る所にあった小さな畑も多くが雑草に覆われてしまった。今の神島は、自然の復元力と残された人々の暮らしがせめぎ合っているようにも思える。あの島に今の4倍の人の暮らしが営まれている状態を想像すると、それは活気のあるものであったに違いない。離島に限らず、地方の町を訪れれば、同じような景色を目にすることは今の日本では容易なことだろう。この国に、一億三千万の人口というのは、明治以降いかに歪な政策がなされた結果であるかと考えることもでき、その名残として、あらゆるところに広がり尽くした暮らしが部分的に空洞化していくことも必然のことなのかもしれない。今後は暮らしの集約化は避けては通れないことになるだろう。もしかしたら、人為的にそれを加速させることも必要なのかもしれない。人が住む場所と自然に還す場所を選択することも考えるべきではないか。人口減少に耐えうる社会を実現するためにはサービスの効率化が必要となる。そのためには、集約化によるコストの削減が有効であるし、その結果として新たな社会の形も見えてくるのではないか。そのためには、日本人が盲信する土地信仰を終わらせなくてはいけない。地方創生といっても、面的な意味でのすべての地方を活かすのではなく、地方の拠点化と土地の緩やかな共有化が必要ではないか。

僕たちには、どんなに遠くてもその場所に行くことができる力が備わっている。その道のりは何の苦にもならず、むしろ幸せに満ちたものである。

それは愛なのかどうか。それは愛という言葉に囚われた愚問である。愛とは、何かの現象、あるいは行為に当てた言葉ではなく、先に言葉があり、そこに人間の心情や行為をはめ込もうとするものではないか。愛と呼ばれるものは、本来もっと多様な形態を示すものではないか。それは愛ではない。そんな決めつけは馬鹿げたものである。私たちは、愛という言葉によって、それが概念的選別をするものを汚している。

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2019.10.18

沢口靖子の日常

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沢口靖子が生きている間は生きていることにしようかな。今日挨拶に来られた人が、おんなじぐらいの年代かなと年を尋ねてみると五十歳とのこと。もう僕の年齢の人は、気軽に出歩くような立場にはないのかな。気がつけば、仕事で年上の人と出会うことがほとんどなくなった気がする。そら来年は五十五だものな。社会の中では、一部の重要な役割を担う人を除けば、第一線から外れていく年代だろう。何だか不思議な感じでもあるし、まあ、そんなものだろうなという気もする。沢口靖子は同い年で奈良教育大の書道科を目指していたということもあり(身近にもそういう人がいたので)、若いころから気になるわけであるけれど、どんな日常を過ごしているのだろう。あれだけ活躍していながら、いまでも関西アクセントが端々に出るのはどうしてだろう。美しいという意味では、まったく稀に見る存在なわけであるけれど、それをほとんど利用せずに生きていらっしゃる。

大人になるってどういうことだろう。と五十四になって言っているのではどうしようもないけれど、自分の価値感と社会の価値感がちゃんと重なることを大人というのではないか。自分の意思ではどうにもならない外的な圧倒的不条理、そういうものに直面してひとりの人間と社会は融合する。それはまるで核反応のような一つの意思の創造なのかもしれない。

人と話をしていてわからないことがあると、多くの人はさっとスマートフォンを取り出して検索する。それを見て僕は、そういう方法があるなあと今さらながら感心する。今や議論は、そのテーブルの上にあるものだけでなく、インターネットという無限の知識の上で行われるものになっている。その場を制する論理よりも、情報を抽出する技術の方が、新地を導く方法として優位になっているし、誰もがそれを信じる。

applemusicで、岡田有希子の「Mariya’s songbook 」を聴いた。買って聴くことはないだろうこういうアルバムを聞いてみることができるのは、定額制のいいところかな。今まで知っていてもアルバムを通して聴くことはなかった古いロックや韓国のトロットやそれに若い頃素通りしたアイドルポップスを今さら聴いてみると何とも切ない。岡田有希子は、歌声からしても真面目そうな人柄がうかがえる。その中で唯一、キラキラした印象を受けるのは「恋はじめまして」かな。この曲だけは、歌わされているというところがなく、彼女の素直な歌声が愛おしい。彼女の短い人生に僕が注釈を入れる立場ではない。ただ、こうして、歌声が残り、長い時間が過ぎた後の今、再びアルバムとして多くの人々に届くということを考えるならば、彼女は確かにこの世界に存在し、存在し続けているということではないか。彼女は、「恋はじめまして」という楽曲を通して、初恋に揺れる女性の思いを十分に表現することに成功している。

ふと思った。大人になるって笑わなくなることかな。笑えなくなるとも言えるかもしれないが、以前より無意味に笑わなくなった僕も、ちょっとは大人になっているかな。

そんなことを考えていて、松阪で買った本居宣長弁当の添え書きに興味深いことが書いてあった。大人は、尊敬語で先生を意味するらしい。では、先生とはどういうことかということになるが、これは儒教的に理解するしかない。

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2019.10.17

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「休むときにはしっかり休み、生産性向上につなげる。」記事で目にしたこの文を不思議に思った。働き方改革の骨子のようであるが、それでは休んでいることにならないのではないか。「しっかり休む」って、休むことすら仕事の一環のようであるし、休むことが生産性の向上につながるかどうかは、個人の問題であって、国や企業が求めることではないだろう。休むということは、ただ個人が権利として好き勝手に休むということでなくていけない。政府は、休日を増やすことも残業を減らすことも、それによる経済効果を前提にするけれど、労働者の立場からすれば、ただただ楽をする方向でなくてはいけないだろう。ただ無意味に休むのである。あとは個人が考えることだ。我が国では、社会に染みついた封建制の名残が、善くも悪くも潤滑油のように今も全体を機能させ、誰もがその社会観を信じている。そこを覆すような政党が出てこないといけないのではないのかな、あるいは社会運動として。

これだけ様々な災害が頻発するのであれば、自衛隊ではなく、災害に特化した組織を作った方がより高度で専門的な対応が可能になるのではないか。それに携わる人も、軍隊に所属しているよりそちらを望むのでは。首相がその活動に言及するのは、国民への自衛隊の肯定の意識付のように感じてしまう。軍備を議論する場合に、それを持ち出すならば本末転倒になってしまうのではないか。使いもしない軍備を拡大する分を災害に備える装備に替えれば、復旧のスピードは格段に上がるのではないか。いつのことかわからない防衛シミュレーションを研究するよりも、同じエネルギーを防災に使えばより高度な対応が可能になるのではないか。我が国にとって、自衛隊は、外交の後ろ盾になっているのだろうか。邪魔になっている場合も多いと思うのだけれど。軍隊なしでは、国家は保てないのだろうか、そこに戦後日本はチャレンジして欲しかったなあ。今となっては、誰も怖くてそうは言い切れないだろう。でもやっぱり、専守防衛は譲れない線なのではないか。っていうか、二十一世紀の国家は、現実的にほとんどが専守防衛という姿勢なのではないか。であるなら、軍隊を持たないということは、まったく不可能とも言えないような気がする。

目が霞んでこの世界がはっきりと見えなくなる。それは目のせいというよりも頭のせい、いや心のせいなのかもしれない。心というのは、感情を司っているものだろうか。感情が目を霞ませる。

大学を二年留年した。その話をするとよく聞かれるのは、「その間何をしていたの?」ということ。これはほとんど話したことがないし周囲の人は断片的には知っているが全体はわからない。と言っても、大したことをしていたわけではないのだけれど。何をしていたんだろうと思い出そうとする。確か家庭教師をいくつかしていたかな。あと高校の先輩に誘われて近くの中学の道場で弓を引いていた。一つだけ恋をした。あとは何かな。四年になるまでよりずっと学校に行っていた。宮本輝みたいに図書館に入り浸って、ロシア文学を片っ端から読んでいたら何か書けるようになったかな。会社をすぐに辞めて公務員になることにした友人とたまに会っていた。一緒に北海道を十日ほど旅行した。あとは、六年になってからはさすがに卒業の目処が立ったので空前の売り手市場と言われた就職活動を楽しんでいた。今から考えれば、まさにバブル絶頂の時だったのかな。今までの人生の中で、就職活動がやる気に満ちて一番楽しかったかもしれない。それから、何だろう、あとは思い出せないな。弓を引くことが学生時代と一緒で、一応生活のリズムを保たせていたのかな。そういえば、祖父が亡くなった。葬式には、なぜか学生服を着ていた。その後ろ姿を見ていた叔母たちが「やすやちゃんはずっと正座して立派やなあ」などとへんに褒めてくれた。その頃の僕にはそれくらいしかできることがなかったのかもしれない。今から思えば、この二年間こそ、日記を書けばよかったなあ。大雑把に言えば、全く無為に過ごした二年間だった。それにしてもよく卒業できたなあと今でも当時のことを夢にみたりする。特に六年まで引きずった経済原論の試験の答案は、ほとんど「お願いします」という内容だった気がする。

若い人と話をすると、いつも「若い時は何年でも好きなことをしていて大丈夫、そんなの大した問題じゃないから」と偉そうに言ったりする。実際今となっては、もっと留年していればよかったとさえ思う。浪人もしたかったなあと思う。反面、結果として大成した人は、学生時代から将来に向かって準備をしたり、何かを始めた人のような気もする。周囲を見て自分の行動を決めるというよりも、太陽のように自分のエネルギーで輝く人が、出世するのかな。そういう人が、遺伝子レベルの確率のもとにまれに現れるようになっているのだろう。知力は、当然才能であるし、よく言われるように努力も才能だと思う。あるいは自分の意識をどんどんと更新させるようなことも才能、仲間を増やすことも、あらゆることが才能である。そして、誰もが様々に組み合わさった才能を備えていて、それをもとに生きていくわけである。だらだらと生きていくことも才能かもしれないし、他人の力を利用して自分の推進力にするようなのも才能だろう。そう考え始めると、何が間違っているとか、何が正しいなんて、この世界にはないような気がする。そういう時に人は、道徳とか、道理とか、あるいは法に頼ろうとするわけであるけれど、それもまた、絶対ではない。一つ、人間の能力の中で絶対と言えるものがあるとすれば、それは他者との関係性をどんな場合にもうまく作りあげられる才能ではないか。これは社会の中で生きる限りにおいて、どんな才能よりも有効なものである気がする。そこには間違いとか、正しいなんていう尺度はないし、何をするにも万能の力であろう。それはもしかしたら、自分を律することと表裏一体の才能なのかな。自分がちゃんとしていれば誰とでもうまく付き合える。簡単なことではないけれど。欠けてるなあ、その才能。性格が入れ替わるほどの衝撃、それはまるで巨大な隕石が地球にぶつかって環境が一変するほどの、そういうことでもない限り、変わらないな。とりあえずそれまでは人に迷惑をかけないように生きていくことにしよう。

「王様の耳はロバの耳」ではないけれど、誰にも言えないことをどこかで言うのは気持ちいいことかもしれない。

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2019.10.15

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写真美術館で鬼海弘雄の展示を見た後、新薬師寺から何となく柳生へ続く道を登ってみた。少し寂れた住宅地を抜けると春日原生林に入り、途切れ途切れに敷き詰められた石畳の道を辿っていく。木々も石畳もすべてが雨に濡れてきれいだ。あまり予備知識なく歩いたのでその道がどのような経緯でそこにあるのかわからないけれど、多分どこかで横を通っているはずの車が通れる若草山へと繋がる道に合流するはずだ。そこまで行って、帰りは歩きやすいその道を降ればいいだろうと考えた。近頃ではどこに行っても観光地化が著しく、趣というものを感じることができないけれど、ちょっと山あいに入れば、それぞれの地域で積み重なってきた時間というようなものが感じられるような気がする。一時間あまり登ったのだろうか、思った通りに休憩所が設けられた古い地蔵のある合流点に到着する。この場所には前にも何度か来たことがあるけれど、森の中で道がいくつも分かれている様がおもしろく、ちょっと好きな場所だ。予定通り、そこから整備された道を降って、春日大社の方へと向かう。まあ何とも、外国の人が多いこと。七割ぐらいはそうだろうか。その人たちがいなかったら、きっと奈良は、数年前に終わっていたのではないか。大仏と鹿でこれだけ新たに人が集められるのだから、まさに大仏商売である。奈良県と言っても、ぼくの家がある盆地南部は、いわゆる奈良ではないから、子供の頃から、いわゆる奈良はちょっと華やかな憧れの場所だった。何だかいまの奈良はその頃の華やかさを取り戻したように賑わっている。ただ残念ながら、小津安二郎の映画に出てくるような奈良の風景は、新しい建物によって分断されてしまったようにも思える。

今では叶わないことになったけれど、若い頃に好きな人と歩きたかったなあと今更思うのは、春日の森と、祇園の宵祭と哲学の道だろうか。なぜ若い頃は歩きながら、いろんな話をしたいなどと思わなかったのだろう。それはとても大切なことで、かけがえのない時間であったはずなのに。世間話ではなく、もうちょっと抽象的なこの世界についての話、穏やかな声でそんな話をしたかったなあ。

鬼海弘雄の浅草で撮られたポートレートを見ていると、世の中にはいろんな人がいるんだなあと思う。でも、自分自身もそんないろんな人の一人なのだろう。人の個性が顕著に表れるのは、六十を過ぎて七十に差し掛かってくる頃のように思う。そこまでいくと、遺伝子に載った情報が、身体にも心にも隠しようなく露わになる。あるいはそれまでの経験による歪みが整えようもないものになる。自分のそんな姿を見てみたいなあと思ったり。五十代はまだ取り繕える感じなのかな。

帽子、手袋、マフラー、それに近頃では眼鏡が好きになってきた。眼鏡は、サングラス、老眼、あと完全には見えないけどコンタクトを外した時用のもの。今はJINSのようなところに行けば、安くてもちゃんとしたものが売っている。でも、車に乗る時はレイバンがいいかなとか、アウトドア用にはスワンズがいいなとか。ここ一年ぐらいで、眼鏡がいっぱい増えた。すでに色々合わせて十本ぐらい(眼鏡はなんて数えるのかな)。眼鏡が似合う立体的な顔ならいいのだけれど。それにしてもこうやって持ち物が増えると、それに比例して忘れ物をするリスクが増すのは困ったものだ。外出するとなれば、バッグには、他にもカメラ、五年手帳、灰皿、ハンカチ・・・。本当は、手ぶらでブレザーにコインケースとマネークリップなんていうのがかっこいいと思うのだけれど。写真を撮ることを趣味とした時点で、そういうスタイルは諦めざるを得ないかな。手ぶらにこだわろうかな。そしたら、ポケットがいっぱいになってしまうかな。考えてみれば、人生という旅も手ぶらが一番素敵かな。でも、パンパンに膨らんだ大きなリュックを背負って知らないところへ旅するのもいいかな。大切なのは心ですね、強くて弾力があって、どんなことにも対応できる心、それさえ持っていれば、他には何もいらないということ。どこへ置き忘れてきたかな、そういう心は。

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2019.10.13

待合所

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もしかしたら、ここは旅立ちのための待合所なのかもしれない。

この世界はもうこれ以上変わらなくっていいのだろうか。

メガネを二つ買う。日記にそう書こうとして、なかなか「ネ」を思い出せない。漢字どころかカタカナまであやしくなってきた。近頃、人前で字を書くときには緊張したりする。

主体性、「男はつらいよ」の牧瀬里穂のセリフに再びその重要性を感じた。社会に生じる様々な出来事、身近な人々のありよう、それに自分自身の心を考えても、それらが「主体性」というキーワードによって解き明かせることであると思う。旧態然とした社会が懸命に隠し通そうとするこの言葉を私たちは、どんな時にも忘れてはならない。第47作、すでに渥美清は相当体調が悪くなっていたのだろう。吉岡くんにその役割を引き継ごうとしたのは、渥美清の意思なのか、それとも山田洋次の考えなのか。それにしても、「北の国から」といい、彼は同世代の美しい人みんなと恋をしているな。

愛は人を不幸にすると仮説してみる。もちろんこれは、根も葉もない話である。様々な愛、愛は苦しみであることは間違ってはいないだろう。だからこそ、崇高である。しかし、多くの場合、そこで終わりを迎える。愛には結果というものが存在しないのである。そのために、人は愛を信じる。信じることができる。そして、殉愛に至る。幸福な殉教者として。愛はまさに信仰である。

核家族化が社会問題であったのはいつ頃のことだったろう。今では、それがごく普通の家族の姿となり、家族というものを構成することすら難しい時代になっている。人間は、科学技術が実現する社会の変化に伴って、どんどんと個という単位へと生活スタイルを変えていく。言い方を替えるならば、それは集団からの解放かもしれない。人間は、本来、どのように暮らしを営む生物だったのだろう。過去の社会においては、農耕が人を集団へととどめるものであった。生きるためには、集団に属し、その仕組みの中で労働することが必然であったに違いない。現代社会においても、それは企業という形で引き継がれているわけであるが、労働と暮らしの分離が、人を個へと向かわせているのかもしれない。晩婚化や未婚化、それに伴う少子化が大きな社会問題となっている。そしてその理由を若い世代の経済的困窮であると結論づける。そういうニュースを目にする度、本当にそうなのだろうかと思う。彼らは、そういう生き方を選んでいるにすぎないのではないか。それは世代的な思考の表れではないのか。かつて社会問題であった核家族も同じで、それは個へと向かう社会的進化ではないか。人はいつも過去を参照して現在を批評する。その時いつも過去は美しいものなのである。核家族化によって、大家族の時に比べてどれほど女性の集団におけるストレスは減少したのかなどとは誰も考えない。人間はいかに未来の有り様を想像したところで、理想の社会を実現することなどできない。私たちは常に現在に向き合うしかないのである。私たちは、リンゴがあったという名残で過去を認識し、そこにリンゴを置く、あるいは置かれるという気配で未来を認識する。

食べすぎたと思う次の食事も食べすぎてしまう。この食べ過ぎの感覚の引き継ぎが、幸福感というものだろうか。

「あー、ぼくの人生は幸せだった。もういつ死んでも後悔はない。」と思っているわけであるけれど、それもまた過去を美しく濾過する記憶の仕組みのせいなのだろうか。人はきらきらとした過去の輝きの中で死んで行く。そこには未来も現在もない。

人は、一生、旅人ではいられない。でも、旅人のまま死ぬことはできる。

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Maji でKoi する5秒前

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近頃思うことの一つに、恋をすることは若者たちの特権であるということがある。恋をする理由は若者たちにだけある。いくら考えても、恋をする理由が見つからないのである。理由がないことはできない、ただそれだけのことである。はじめてテレビで広末涼子を目にした時の、なんとも言えないそれはまるで夏の終わりの寂しさのような感覚を思い出す。ぼくは彼女の姿に青春の対象化を初めて感じ、その季節の終わりを知り、まるでそれが他人事のような無感覚の、あるいは無音のイメージを抱いた。

やっと冬が来た。今年もあの愛おしい季節は、ぼくにも来てくれるだろう。マフラーと手袋とニット帽に冷たい風から守られながら、白い道を歩いていく。

https://music.apple.com/jp/album/rh-singles-edition-de-luxe/705976505

ロックミュージックに感じる違和感は、同時代性を失ってしまったものに対するものだろうか。音楽フェスのステージに立つミュージシャンは、まるで盆踊りの櫓の上の音頭とりのようであるし、体制的な発言は、恐ろしささえ感じてしまう。中には、RADWIMPSのようにじっとしていてはいけないという焦燥感をかき立てる人たちはいるけれど、それは、ロックミュージックというカテゴライズではなく、普遍的な詩人というカテゴリーにおける輝きのように思う。

反面、ロックミュージックは、時代性よりも楽器の進化が生み出したもののようにも思える。電気楽器が作り出したものがロックとは言えないだろうか。そう考えると、音楽の歴史は、楽器の進歩に伴ったもののように思えてくる。

日本人の相互監視体制はまったく何んとかならないものなのだろうか。

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2019.10.12

レインコート日和

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今月の二十二日がらみで、お休みの連絡が取引先からちらほら。確か休日カレンダーを作る時にはおやすみではなかったと思うのだけれど、祝日扱いになるらしい。大きい会社ではついでに二十一日も休みになるとのこと。聞いてみると、その日は一斉に有給を取得して休むことにしたらしい。大企業といえども、有給最低5日取得は、それなりのハードルとなり、こういう時やお盆に強制取得を促すのだという。まあ、日本の場合、祝日が増えたから有給取得率は低いけれど、おやすみの数はそれなりにあるわけであるけれど、要するにみんな休まないと安心して休めないというわけだろう。日本人は働くのか好きなのかといえば、そうでもないのかもしれない。働くのが好きというよりは、世間をどこの国の人よりも気にしてしまうということではないか。これが、よく言われる勤勉な国民性につながっているのではないか。あるいは、高い品質とか、治安の良さとか、いわゆる「おもてなし」なんていうものにも作用しているのかもしれない。そしてその元は、島国であること、農耕民族であること、徹底した封建社会であったことがあるのだろう。日本人は、骨の髄まで世間を気にするようにできている。自由というものについて、少し違った角度から考える機会が先日あった。ぼくは自分が思っているよりもずっと保守的で既存の考え方をもとに物事を判断していることに気がついた。社会は、口がすっぱくなるほど、自由に言及するべきであるし、同じように平等とか、平和についてもそうである。要するに私たちは、意識しなければどんどんと保守的に、封建的に、全体主義的に考えが向かっていくのではないか。不思議なことにその方が楽であると感じるわけである。何より一番辛いことは、主体的に考え、行動することであるから。

僕はどんどんと計画を立てて未来を選択していくタイプではないから、多くの場合、与えられた選択肢の中から、その時が来たと誰かに促されて決めてきた気がする。それでまあここまで流れてきたわけであるけれど、結果からすれば、悪くはないかなと思うわけで、マイナートラブルは頻発するけれど、考えようによっては、踏みとどまらないといけないところでは主体的選択をしているのかな。五十四まで生きるとは若いころは想像もしなかったなあ。そんなに生きてもつまらないと思っていた。案の定つまらない日々であるけれど、生きるということは与えられた役割なのかなと思ったり。人生は、目的にたどり着くために与えられた時間というよりも、原罪に対する刑を執行するまでの猶予なのかもしれない。その罪を自覚してはじめて刑場は用意される。だから死は安寧なのである。

たぶん僕が知っている限りで、この台風は一番リアルタイムで情報を共有するものとなっているのではないか。関東地方各地は、上陸前から被害が報告され、広範囲で危険が高まっている。もし台風被害の多発が温暖化の影響であるならば、日本はもっと積極的にその対策を考えるべきなのかもしれない。生物の多くは、環境の変化に伴って、住処を移動する。人間だけがそれができずに変化に怯えるしかない。すでに遠く去ったはずの奈良でさえ、今も普通ではない風雨が続いている。こんなことは珍しいのではないか。

物事を疑うといいことは知性の為せることであると思うけれど、それを乗り越え自らにそのリスクを負って信じるということは、より高い知性である。

大観衆で沸きかえる大きなステージの上に立つことも、誰もいない海辺の荒れ地で酔っ払って一人歩くことも、その両方が人生で、その両方は等価である。すべてはいずれ、この指先の感触とともに消えてなくなるという点において。

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2019.10.11

零れ花

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脳だけの生物になれたらいいなあとふと思う。どうもこの身体は邪魔で仕方がない。培養液の中で浮いている脳でいい。あるいは脳を持たない身体でもいいかもしれない。その両者に共通するものはなんだろう。要するに、自分の中の伝達に違和感があるということだろうか。

どこかへ行きたいなあ。でも、どこかへ行く理由がない。例えば、スキーをしに長野へ行くというのはとてもシンプルでいい。迷うことがない。ほぼ日の株主ミーティングに参加するために東京へ行くというのもそんな感じだ。舟越保武の彫刻を見に盛岡に行くというのも悪くない。他には、思いつかないのである。韓国に行くというのもちょっと無理無理な理由づけになりつつある。みんな旅先をどうして決めているのだろう。もちろん、共に旅する人があれば、行き先などどこだってよく、その行為が理由となる。それもまた旅である。

生命とその自由を守る代償として、国民は国家の意思に従う。それが保守の考え方だろうか。国家に意思は存在せず、国民がその流動的な身体としての国家を形成する。それがリベラル、全体は一つの意思ではなく、無数の作用の結果として全体となる。

花瓶に花を挿そうとすると、ぽろぽろと零れ落ちる花。植物にとって花は、身体の一部に過ぎないわけであるけれど、一部にしてはその様一つひとつに意思を感じてしまう。もしかしたら、僕たちは、人間という生物の一部でしかないのかもしれないと近頃思うことがある。その中には当然零れ落ちてしまうものもあるだろう。

他人を信じるというとても簡単なことがなかなかできないのはどうしてだろう。それは、無償の信ではないからではないか。信じることに裏付けを求めるから、それは難しくなる。信じることと愛することは似ている。

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