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「境界のエクリチュール」 in Book of days

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2018.11.15

小さな事件




まったく身体のいろんなところが壊れつつある。心が壊れる前に身体が壊れるのはいいことなのかどうか。八十とか、九十とか、よくみなさん生きてらっしゃるなあと感心する。まあ、六十過ぎぐらいまで生きられたら御の字かな。それ以上はひたすら苦痛との闘いになるのではないか。それまであと十年くらい、できるだけ穏やかに過ごしたいものである。

嫉妬は平均化を求める。なるほど、そうであるとすれば、嫉妬もまた、社会を形成する人間にとって必要なものかもしれない。嫉妬は個人の生存に関する本能というよりも、社会に関わる個に備わった性質なのかもしれない。ただ嫉妬と暴力が関連付けされると破壊につながってしまう。近頃よく思うのは、種としての人間総体の意思というものがあるのではないかということ。もっと言うなら、この世界に何らかの意思があるのかもしれない。よく言われることだけれど、こんなこと若い時は絶対思わなかったなあ。

会社の近くの道路に100mほどの長さでたくさんの釘が散乱しているという事件があった。集まった近所の人は、その釘を拾い集めながら「誰がこんなことしょったんかなあ」と誰かが故意にしたことであると決めつけるように言う。発見した人が通報したようで、バイクでやってきた警察官は、この状態ではトラックの荷台などからこぼれ落ちたものか、誰かがまいたものであるかはわからないと言う。僕は、一定の範囲で線状にそれが続いていることから、やっぱり荷台から落ちたものではないかと思い、その意見を言うと、みんなはそうではないと否定する。不思議なことに誰もが、「犯行」であると思いたいようであるし、犯人を見つけたいようである。優しそうな顔をした警察官は、同じようなことが起こるようであればまた対応しますとのことで引き上げて行き、集まった人もそれぞれに帰って行った。そこでは言わないほうがいいと思ったのだけれど、その道の先には、建築屋さんがあって、やっぱり僕は落し物である可能性が高いと考える。でもまあ不可解なことであるし、その道は数年前に舗装されきれいになったのだけれど、車の対向が難しいほどの幅で、何かあったのかなと思える部分もなくはないのである。

コンタクトが曇るのではなく、夕方になると目が曇ってくるのかな。でも、コンタクトを外すと曇っているようには見えない。夕方ぐらいになると本の文字とか、スマホやパソコンの文字とかは、ほぼ読めなくなる。加齢による目の機能の低下ということになるのかな。土曜日にできる新しいコンタクトに期待したいところだけれど、まあ、見えなきゃ見えないでいいかなとも思う。もう十分いろんなものを見たから、その記憶で楽しめるだろう。人間の機能のうち、最後まで比較的正常なままに残るのはなんだろう。アルツハイマーという病気を別にすれば、脳の働きなのではないか。

志賀高原にはうっすらと積雪があったようだ。例年より遅れているようだけれど、やっぱり季節は移り変わっていく。初滑りまで、三週間ほど。雪が消えた五月には、次のシーズンはたどり着けないほどに先のことに思えたけれど、もう目を凝らせば見えるほどに近づいた。さいわい、仕事もそこまでの間に厄介ごとはなさそうだし、両親もそれなりに元気にしている。穏やかに冬を迎えられそうだ。今年は、夜に車で行くのは無理かなあ。夜行バスで行くのも楽しいけれど。とりあえずは、冬にたどり着けそうだ。

日本人が日本で暮らしていて、日本人としてのアイデンティティを考えたり、日本という国に対する愛国心など持つはずがない。周りはほとんどが同じ日本人で、愛するも何もここにいるのだから。思いは、その中のより小さな範囲へと向かう。故郷を離れてはじめて、故郷を思い、そこに生まれ育った自分を思う。愛国心とは、世界には、日本人ではない人がいることを知った時、海の向こうには違う国があることを知った時に生まれるものである。そういう思いは、大切なものなのだろうか。少なくても過度に強調されるべきものなのだろうか。もしかしたら、反対に抑制されるべき意識とは言えないか。もし、社会を維持する一員であるために求められるものであるとすれば、それは愛国ではなく、他者への愛で十分置き換えられるものではないか。

フランス人は、平日にはほとんど、バゲットとそれに添えるチーズやジャム、簡単な惣菜ぐらいしか食べないのだという。考えてみれば、ハイジもパンとチーズだけの食事だったし、ロシア文学などでは、じゃがいもとスープぐらいである。もしかしたら、人間は、主食となる炭水化物だけで十分なのではないか。おかずだけいくら食べても食事をした気になれない。反対にご飯にふりかけなどをかけたものを食べただけでも食事をした気になる。まあ、簡単に言うなら、近頃食べ過ぎである。ご飯と小さなお皿に質素なおかず、それに味噌汁と言いたいところだけれど、あんまり味噌汁に思い入れがないのでそれもなしでいい。現代人は、あまりに食にこだわりすぎているとも言える。それは、長い飢餓的暮らし経験が遺伝子に染み付いているせいかもしれない。本来食べることは、活動のためのエネルギー補給である。朝昼晩と食事をとるのは、社会的行為であって、本当は、そんな規則正しく食べる必要はないのかも。要するに、私たちは必要もないのに食べているのではないか。と言いながら、夜に、クッキーやチョコレートを食べている。

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2018.11.13

Petals




本来求められるべきは、結果平等であって、今どんどんと勧められている機会均等は、詭弁にしか過ぎない。共産主義の失敗がそれを促す根拠になっているわけであるけれど、理想が何かは、見失ってはいけないだろう。僕は、朝鮮半島に二十一世紀の指針となる社会が実現されればいいなあと思っている。

世界秩序の上で、二十世紀以前と二十一世紀の違いは、明確な戦う相手がいなくなっているということではないか。それでも、為政者たちは、国民の批判が自らに向くことを恐れて、執拗に戦う相手を探している。

まるで輪郭を赤鉛筆で描いたように花弁の縁だけが赤い花。近頃、花を見ていると何となく性的なものを感じる。そして、見入ってしまう。年をとるということの意識の変化の一つかな。花を眺めているだけで十分とも思える。人生が客観的なものになってきたということだろうか。

元気をなくした花を、捨てるのはかわいそうだからといつまでも過敏に残すのは残酷というものだろうか。かと言って、捨てる気にもなれない。

花は、本来植物の身体の一部であり、重要な役割を持つけれど、そのすべてではない。花は、まさに植物にとっての性器である。性は、生物すべてにとって最も重要な機能であり、多くのエネルギーはそのために費やされる。

私たちは様々な花を眺めて、清楚であるとか、凛としているとか、あるいは淫らであるとか、その様を自分たちの意識と重ね合わせるように評価する。

花を眺めている。飽きることなく、ほぼ一週間ほどで元気をなくしてしまうまで、その様を眺めている。私にとって短いその時間は、植物にとっては永遠かもしれない。

人間の手の加わった花は、当然人間にとって美しい。私たちの生態にも、もしかしたら「人間の手」が加わっているのかもしれない。

ふと、ずっと前に確か、くりこま高原で見たその場所に不似合いなほど大きなユリの花や側溝に咲くミズバショウを思い出す。自然であるとはどういうことだろう。

今私たちに残された自然は、死のみかもしれない。

嘘をつきたくなければ黙っているのがいい。寡黙な人は、誠実だ。

無事に死にたいとよく考える。ところがそれは容易なことではない。無事に死んだ人に敬意さえ感じる。もちろん、その人にとってそれが無事の死であったかどうかは僕にはわからないのだけれど。僕の年になって死について考えるのは普通のことだろう。僕には経験がないけれど、もっと若い時に死が心に住まうようになった人は大変だと思う。何しろ、身体はまったくピチピチとして死の欠片さえなく、未来は途方も無いほど遠くまで続いているのだから。それは自傷行為もしたくなって当たり前である。無事に死ぬことは難しい。キリスト教的にはそれは不可能と言えるのだろうか。もう少し社会的意味においてさえ、それは容易でないように思える。特攻に志願した若者たちは、無事に死にたかったのだろうか。戦時下で無事に死ぬことは、平時よりずっと難しかったに違いない。

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2018.11.11

記憶の整列




明日の天気を予想することなんてできない。もしするとしても、過去の経験を元にした確率の低いものにすぎない。僕はまさに今日を生きている。明日何が起こるかなんてわからずに、今日考えうる限りの道理に従って判断し続ける。明日になれば、今日のたくさんの過ちに気付くだろう。そして後悔する。明日のことがわからないのだからそれは仕方のないことだ。昨日のことも後悔している。ただそれだけのこと。

新しいiPhoneを買ったので一通りのセッティングをしていて、何となくずっと前からの写真を眺めていた。写真は正確に順に並んでいるけれど、僕の中の記憶は、そうではないことに気がつく。記憶を整列させる仕組みはどのようなものだろうか。

韓国の写真を新しいファイルに集めてみた。最初に行ったのはもう6年の前のことなのだ。感覚的には4年といつも思っているけれど、何とも不正確なものである。大統領も二度代わり、その間に韓国の政治は少しよくなったように思う。経済はうまくいかないことがあっても、彼の国には、まだ政治的進歩という希望があるのかもしれない。まだ、達せられていない未来があるのである。

間違っているとか正しいとか、私たちは、そういうことをいつも判断しようとするけれど、実はそんなものはどこにもなくて、ただその方が都合がいいだけのことかもしれない。自然とか自由とか、そういうことは、その判断のない世界にこそ存在しうるものなのではないか。混沌ではない、それを何と呼べばいいのか、そこは私たちの稚拙な判断など何の力も持たない原理の世界だ。神、そう呼ぶなら、すべてが許される神の世界だ。

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2018.11.09

산다




日韓関係において、ヒステリックなのはいつも日本の方だと僕は思う。近頃の政府の反応は、国民感情を煽っているようで、その結果形成された世論は、潜在的にある日本人の韓国への意識と同調し、錯覚した確信を醸成する。まったく悲劇的なことである。

日本人にとって、最優先すべき法は世間である。世間は、法であり、断罪者であり、同時に刑の執行者である。日本の民主主義とは、個ではなく世間が主権者となるものである。私たちは世間の一部であると同時に、その被支配民である。


우리는 얼마나 많은 것을
잊고 살아가는지

私たちはどれくらいたくさんのことを
忘れて生きて行くのか

from「혜화동」


自分以外の誕生日をいくつ思い出せるか。そういう話をしたら、ある人が、「お互い、ヨーイドンで書き出してみましょう」と言う。その数は、何を意味するのか。そして、どんな人の誕生日を覚えているのか。記憶は、繰り返し思い出すことによってのみ維持される。そしてその度、少しずつ変化していく。悲しい記憶もそのうち懐かしさに変わり、残されたものすべては生きる支えとなっていく。誰の誕生日を覚えていますか。誰を繰り返し思い出していますか。

朝からずっと雨が降っていた。きっと平年の気温なら、信州の山では雪だろう。今年は雪が少ないのかな。カメムシの発生は、今年、少ないのだという。週間予報を見ると来週は少し寒くなるみたいだけれど。

間違ってはいけない。表現するのは感情ではない。存在そのものである。

人にはそれぞれどうしてもできないことがたくさんあって、少しだけできることがある。世の中は、やればできると、参加を求めるのだけれど、それは全体幸福の追求であって、必ずしも個の幸福ではない。平等であるとは、すべての人が同様であることを言うのではなく、すべての存在が尊ばれることを言うのではないか。そんな社会を実現するためには、誰もができないことを許容できる心の安らぎが必要である。これだけ物質的豊かさを実現できた現代なのだから、過去には理想と言われたことを可能にすることはできるのではないか。

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2018.11.08

星々の悲しみ




私たちはちょっとルールに頼りすぎているのかもしれない。ルールに照らさなければ答えを見出せないのは悲しいし、ルールを後ろ盾にしなければ正義を主張できないなら恥ずかしい。ルールへの依存は、考えを深めることを妨げ、社会の硬直化をもたらす。

日本国憲法は、ルールというより、実現すべき理想である。よって、憲法が現実と乖離しているのは当然のこと。その乖離が大きくなっているとすれば、理想が遠ざかっているということで、私たちは、憲法を現実に引き寄せるのではなく、そこに近づく努力をもう一度しなくてはいけない。

眼は立体的にこの世界を捉えるから、花と障子の桟の重なりは気にならないけれど、カメラは、世界を二次元化してしまう。写真を撮るということは、二次元の眼を持つということかな。

ここ一、二年で国内でも全館禁煙の宿泊施設が急激に増えた。予約するのが大変だ。喫煙者でさえ、日常の習慣の延長で、部屋では吸わないという人も多いらしい。ベランダでの喫煙への苦情トラブルが増えているという記事が先日出ていた。確かにバルコニー付きのホテルに泊まると、そこでタバコを吸うことに気を使うようになった。今となっては、汚い喫煙ルームだけが憩いの場だ。せめて椅子ぐらい置いて欲しいなといつも思う。最初にこの流れが始まったのは、仙台にいる頃だから、1994年前後ぐらいだろうか。それまではどこでだってタバコが吸えたわけである。その頃と今では、きっと町の色が変わったはずだ。だから、うちの家や新幹線の喫煙車両のようなタバコが吸えるスペースの色が際立って茶色く感じる。この流れが元に戻ることはないだろう。タバコをやめる人が増えると同時に吸い始める人が少なくなる。きっと近いうちに喫煙率は10%ぐらいになるのではないか。それはもうほとんど「珍しい」という割合である。珍しくなれば、余計に配慮されなくなる。当然喫煙ルームなど設置されなくなり、筒井康隆の描いた世界は現実のものとなる。

喫煙とは、憲法に照らせば、どういうことなのかな。

そう言えば、一時話題になった3Dテレビってどうなったのかな。平面に立体を映し出すことは、やっぱり矛盾であるということかな。電波によって二次元映像が送れるということは、理論的には立体映像を送れるということになるのかな。

世の中には、自分とまったく価値観や世界観が異なる人というのがいるものだ。それはもうおもしろいほど違っている。自分の理解の外側にまったく別の世界を構築している人。ほとんどの人は少しくらいは重なっているのだけれど、遠く離れた星くらい距離があるのだ。でもその人が間違っているわけではない。僕が間違っているかもしれない。ただ、理解しようとすることさえ諦めてしまうほどに遠くにいるのだ。他の星から照らされることもなく輝こうとする孤独な星、それはきっと僕の方だ。

厄介な問題が一つクリアできたので、だいぶ気が楽になった。旅行の計画を立てようという気にもなる。将来起こるであろう厄介ごとをあらかじめすべて取り除こうという考えがある。それによって失うものがあっても、気は楽である。ただ、大きな空白を生じるのかもしれないという気もする。とりあえず今日からしばらくは安らかでいられそうだ。



ソウルでリュックの上に乗っていた葉っぱを持ち帰って手帳に貼ったのはいいけど、五年経ったらどうなっているのかな。写真と葉っぱはどちらが記念になるだろう。memory、フェリー乗り場のおじさんが呟いた言葉が忘れられない。

カメラ4台を修理に出している。修理代がいくらかかるかちょっと怖い。

「人生論ノート」は、読んだことがあると思うけれど、内容は覚えていない。ただ、私たちが、日常的に「哲学だなあ」とか「哲学的に言えば」という言い回しをする原点は、この本にあるのかもしれない。背表紙に記されたタイトルが多くの人々に影響を与える、そういうこともあるのかもしれない。

偽善者!、その言葉すら、今の時代には力を失っているのかもしれない。すべてが偽善によって構築されたこの世の中で、何を今更ということになる。

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2018.11.06

Moment








アリソン・クラウスの歌声を聴いていると思う。人の心を揺らすのは、感情の表現よりももっと奥にある「存在」の証のようなものかもしれない。

今年最初のカレンダーが届いた。もう少しで十二月になるのか。

韓国では花束を持った人を本当によく見かける。地下鉄の駅には自動販売機があったり、「꽃」という大きな表示のある花屋さんも、日本より多いかもしれない。写真を撮りたいなと思うけれど、意図の説明が出来ないから、誤解されてもいけないのでためらってしまう。日本で、デートの時に花束を渡すというのはちょっと恥ずかしい気がするけど、韓国の人はそういうところが自由な気がする。どうも、「一瞬」に対する意識が違うのではないかと思ったりする。この一瞬の大切さを韓国の人は実感しているのではないか。「恥ずかしがっている場合ではない」そういう感じではないか。

「世界との差」があると思われていた競技で、今の若い世代は、それを軽々と縮め、その頂点にさえ立っている。もちろん軽々とというのは、外方眺めている僕が思うことで、実際には、徹底した英才教育や本人の並々ならぬ努力の賜物なのだけれど、それにしても、「あっという間に」と感じてしまうのである。幼い頃から世界の中に身をおいているということも成功の要因だろうか。要するに精神的な意味において、彼らにはもともと世界との差などないということかもしれない。果てしなく続く海原と水平線を眺めながら、あの向こうはどうなっているのだろうなんて思わないわけである。もう知っているのだ。勇気を出して漕ぎ出さなくても、道は示されている。必要なことは自分の備わったポテンシャルを最大限に発揮することだけである。

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2018.11.05

「心配性とはこういう感覚なのかな」と近頃思う












インチョンの旧市街には、中華街と旧日本人街が丘を背にして隣り合っている。中華街の方はたくさんの観光客でごった返しているのに対して、旧日本人街は当時の建物が歴史的建造物として所々に整備されているだけでほとんど人通りがない。まったく見事な違いだ。僕には、ソウル駅もそうだけれど、日本統治下の立派な西洋建築が傷跡のように思える。韓国の人は時代を超えてそれをどう扱うべきなのかを迷わざるを得ないのではないか。それらの建物は、歴史の中の時間を埋めるどころか、いつまでも傷跡として残っているものではないか。だからといって、壊して仕舞えば、何もなくなってしまう。歴史の中に空白を作ってしまうのだ。抗日、その言葉だけが辛うじて数十年の歴史に意味を与える。それを受け入れることは、日本ができる責任の取り方なのではないか。

今回は、タクシーを二度使って少し仕組みが理解できた。旅行は、初めての場所に行ったり新しい経験をするととても楽しいものになる。少しの不安も旅行の味つけとして最適だ。現代における旅とは、そういう達成感なのかもしれない。もちろんそれは、出会った人との短い会話などでも感じることができるかもしれない。コンビニのおばさんに「また来たね」と声をかけられたり、フェリー乗り場のおじさんと少しだけ話したり、そんなことで十分旅情は感じられる。旅とは、本来これから生きていく新しい場所を探すものなのだろう。そういうわけにはいかないけれど、その疑似体験が「旅行」なのかな。

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未来という偶像














空港のレストランで、幼い男の子と女の子、それにお父さん、お母さんという家族が前に座っているのを眺めていた。お兄ちゃんの方はあまり食べないようで、お母さんが一所懸命に食べさせている。お姫様のような髪飾りをした妹はマイペースで食べている。お父さんは少し周りに気を配りながらそれを見ている。人間の至高の幸福はここにあるのだと思う。ふと思った。韓国の人は、何歳ぐらいから辛いものを子供に食べさせるのだろう。本当にいつも家で辛いものを食べているのだろうか。日本でも有名なラーメンは辛ラーメンという。ということは、韓国でもあれは辛いと思われているゆえのネーミングということになる。辛くないインスタントラーメンもたくさんある。そう言えば、永宗島の古い韓屋の夕食、小さな器に盛られたたくさんのおかずは、どれも辛いものではないかった。実は、韓国の人もそんなに辛いものを食べているわけではないのではないか。辛いというのは、キムチを代表とした韓国の食における世界戦略みたいなものなのでは。辛いものを好んでオーダーする海外からの観光客を不思議に思っていたりして。

日曜日のピーチの最終便は、ほとんどが日本人だ。女性のグループが多いだろうか。いまだにお買い物の成果の大きなカバンを苦労して飛行機に積み込む人をたくさん見かける。今の為替レートでは、韓国の物価は、ほぼ日本と同等、あるいは少し高いという気がする。ただ、交通機関はすべて日本よりずっと安い。タクシーに乗っても、思ったほどの値段にはならない。それに市場や地下の商店街、それの親玉のような東大門と南大門は、ぎっしりと買い物を楽しむのに適した値段の商品が並んでいる。食堂にしても、そういうお店にしても、あれだけあるのにそれぞれやっていけるのを不思議に思うくらいだ。きっと固定費が低いのではないか。

カメラを持っていないと、ここで撮るかなとか考えたりする。でも、撮らなくってもいいかなと思ったり。写真って、撮らなくてもいいものなのだ。

未来というものは、もしかしたらなんらかの形で可視化されて初めて実感できるものかもしれない。未来とは想像ではなく、偶像ではないか。

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2018.11.04

日本人は自由が苦手だ。












一台しか持ってきていない時に限ってカメラが壊れる。中古屋を何軒か見たけど、それなりに高い。修理屋に行ったけど、当然すぐには治らない。まあいいか。

日本もすごいけど、韓国も外国人観光客で大にぎわい。レンタル韓服をきている人を眺めながら思ったのは、韓国の人の次に韓服が似合うのはやっぱり日本人ではないか。

散りはじめた黄葉が、風が吹くとお姫様のような韓服を着て大きなイチョウの下で工夫しながら写真を撮る人たちの上に舞っている。この世界は、誰にとっても平等に美しい。

カメラの代わりにスケッチブックと言いたいところだけれど、僕にはその才がないので、せめてメモ帳を携えるというのは一興かもしれない。

韓国のタクシーは、急カーブをタイヤを鳴かせて通り過ぎる。直線では、メーターを見たら針が130kmを指していた。タクシー乗り場で待っていても、行き先を選ぶ権利は、運転手にあり、日本のように列んでいる順に乗れるわけではない。韓国の路線バスは、時々走行中にドアを開けたりする。運転手は自分の好きな音楽を聴いている。運賃を現金で払うときは、結構いい加減な感じである。要するに自由がある。本来、社会とは、そんなふうでいいのではないかと思ったりする。

民主主義とは、おとなしく列にならぶことだろうか。それとも、我先にと目的のために行動することだろうか。フェリーの後ろを旋回しながらついて来るたくさんのカモメを眺めながら思う。

ほんの短い航路でも船に乗ると旅情が高まるのはどうしてだろう。海なし県生まれだからか、ずっと昔、そういう旅をした人の遺伝子からか。


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2018.11.03

もう五十年以上生きたからな




夕方、南西の空を見ると、まるで水色の泉から白い龍が幾頭も競うように天に登っていくような様子だった。しだいにその泉は炎の海と化し、龍は暴れるように身をくねらせる。炎はすべてを焼き尽くし、闇へと変えていく。もし僕が、初歩的な科学の知識がなければ、この景色はなんとも恐ろしく、龍も炎も現実のものと思ったかもしれない。幸せなのはどちらだろう。

徴用工についての韓国の判決に対する国内の鬼の首を取ったような様々な批判を見ていると素朴な疑問を感じる。私たちは、両国の間で生じている「結果」を批判できるのだろうか。そして、それを批判して、自分たちの立場が正しいと主張することが出来るのだろうか。もし同じことが、欧米との間であったとすれば、同じような対応を取るのだろうか。日韓の問題は、いまだに続いている根強い日本人の差別心によって生じているものであると思う。もし、韓国の側に矛盾した論理があるとすれば、私たちの意識に対する切ない抵抗であると思う。それは、そのほかの問題、従軍慰安婦のこと、独島のこと、あらゆることに言えるのではないか。もちろん、相互の精神的理解の不足が阻んでいることなのだけれど、反省しべきは、日本の方である。徴用工の裁判に勝訴をもたらす心情、元慰安婦のおばあさんたちを大切に思う心情、独島を領土であると思う心情を深く理解した上で、国家間の問題として解決に導く方法を見出さなくてはいけない。韓国の人は、日本との関係において、自らの領域を広げようという意識を持っているわけではない。あくまでも、失ったものを取り返そうとする思いである。すべての過去が、ある時点での外交判断で消滅したものであるとする前提ならば、歴史を否定する立場となるのではないか。両国は、あまりにも密接な長い歴史を歩んできたのである。現在は、良くも悪くもその上にあるものだ。韓国の人にとっての失われた時代を私たちはなんらかの方法で返さないといけない。今、韓国の人はそれを埋めるために象徴を必要としているのではないか。民主化後の韓国をそれ以前の取り決めで抑え込もうとするなら、何も伝わらないだろう。私たちは誰と約束したのか。

インターネットは、人間の単位を社会的存在において真に個まで落とし込んだという意味で社会革命である。私たちは今まさに個として社会と関わりを持つことができるようになっている。もちろん試行錯誤の段階であるから、それがうまくいかなかったり、思ってもみない弊害が生じたりするわけであるけれど、少なくても過去のようになんらかのコミュニティという仲介を必要とすることなく、どこへでも繋がることができるのである。

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2018.10.31

きのうの天気




これから死ぬまで「幸せ」を最優先に生きることにしよう。幸せとは、愛であり、あたたかさであり、何より安らぎだ。

「コーヒーカップを持つ手がふいに
ふるえ出したのが恥ずかしくて」
と歌ったのはアリスだけれど、実際こういう経験は思い出す限りで、高校を卒業したばかりの時にあったのを思い出す。理由は、見事なばかりにスッキリとした失恋だった。初めて自分から告白したのがこの時だろうか。高校の間中遠くから見ていたK高校の弓道部の女の子で、同じ中学だった同級生に頼んで会うチャンスを作ってもらった。もうどこだったか覚えていない、たぶん難波の喫茶店かな。告白するのも初めてなら、カップを持つ手が震えるというのも初めて。帰りの電車では何を話したんだろう。なんだかとても間抜けな状態だったと思う。今日、それとはだいぶ違った理由で手の震えを抑えるのに苦労した。両手でカップを抑えながら、違う意味でかっこ悪いなと思った。

もうまったく、生きていることはかっこ悪いのである。あらゆる生き恥を晒しても、生きないといけないわけであるけれど、そこに愛があれば大丈夫なのだろう。

マイルス・デイビスの映画を見た。彼の音楽をまともに聞いたことがなかったけれど、映画の中の彼を見た後では、そのちょっと難しそうな音楽が自分の中に入ってくる気がする。吹き替えで見たのがよかったかもしれない。apple musicのプレイリストをちょっと大きめの音で聴きながら眠る。彼は自分の音楽をjazzとカテゴライズされるのを嫌ったらしい。social music、彼はそう呼ぶ。

一日のうちにどれくらいたくさんの奇跡が起こるだろう。ただ僕はそれを覚えていないだけで、すぐに忘れてしまうだけで、あるいは気にも留めないだけのことで、そんな一日を日常と呼び、今日も何もなかったと振り返り、その晩見た夢を記憶と錯覚する。

つい日記を書くのを忘れてしまう。昨日のことなのに何があったかまったく思い出せない。天気も覚えていない。しかたないので「晴れ時々くもり」と書く。

長い間の迷いは、次第に確信に変わる。答えは確かなものになるわけではなく、ただ思い込んでいく。

明日の天気予報はあっても、きのうの天気結果はない。過去とはそういうものだろうか。

一日に6本のフィルムを使ったことはないと思う。近頃では概ね3本というところかな。一日に6本撮るには、12時間として、2時間に1本。だいたい3分ちょっとで一度シャッターを押せばいいことになる。そんなに難しいことではない気がするけど、そのためには、常に写真を撮るという意識を持っていなくてはいけないだろう。3分過ぎたと思ったら、自動的にシャッターを押すということにすればいいかもしれない。その方が、「写真らしい」だろう。

韓国でホテルに泊まると困るのが、エアコンとテレビのリモコンの使い方だ。当然ハングル表示なので基本的にはわからない。ボタンの位置とハングルの読みから推測し悪戦苦闘する。

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2018.10.29

冬が夜から降り始めて




文学館というのがある。文豪の生誕の地や一時的に居を構えた場所にある場合が多いと思うけれど、多くはガラスケースの中に資料や作品、身の回りの品が整然と並べられているというのがパターンだろうか。つまらないと言えば、まったくつまらない場所である。文学というのはビジュアル的要素がないものだから工夫してもなかなか面白いという場所にするのは難しいのだろう。けれど、なんとなく心地よい空間とも言えなくはない。窓から見える外の景色、小さなショップや喫茶室、ちょっと暇そうな事務員の人、それに何より、そこまでの道のりと帰り道の穏やかな気持ち。日本中には、たくさんの文学館があるようだ。美術館は常設展以外は展示が替わるけれど、文学館はいつも一緒。だからこちらが都合がいいときに訪れられる。旅の目的地として最適なのだ。ちなみに美術館の常設展もなかなか楽しい。いつ行っても、多少の展示替えはあるにしろ、同じ作品に会うことができる。

ソウルの周囲には、地下鉄でアクセス可能な山がたくさんあって、駅から登山口に向かう道には、アウトドアブランドのアンテナショップをはじめとしたたくさんの登山用品店や様々な屋台や食堂が立ち並んでいる。季節がいい時には、その道は色とりどりの装備に身を包んだ人々で溢れる。もちろん日本でも行ったことはまだないけれど、高尾山あたりは、同じような様子なのだろうか。それにしても韓国の人は、山登りを始めとしたアウトドアが好きだと思う。ソウルの街中で目にするおじさんおばさんも、日常着のようにアウトドアウェアを着ている。韓国の人のアウトドア好きは、もしかしたら、ソウルの住環境の作用もあるのかもしれない。

そろそろ初雪の便りが届くかな。ストーブに灯油を入れないといけないな。マフラーと手袋とぶ厚い靴下。素敵な季節がやってくる。

年々季節の変化を繊細に感じられるようになる気がする。年のせいなのか、心の変化なのか。

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2018.10.28

理想的現実




大切なことは、表層にあらわれた「正しい」ことが本当に正しいのかを疑うことだ。そうでないと思うなら、自分の考えをより深め、証明に耐えうる強さを与えなければならない。そこまでが人生で、あとは死後の世界である。

できないことは「できない」と言う時代なのではないか。そうすることで、今、日本が抱えている問題の多くは解決に向かうような気がする。日本人は、一人で言えないから、みんなで声を合わせて「出来ません」と言えばいい。それでも世界は終わらないのだから。1990年に団塊の世代は、概ね四十歳を過ぎたあたり、バブルを生み出し、その後のやればできるという幻想をバブルの残像のように長引かせた世代が残した物が今の日本を苦しめているのではないか。積み上げられてきた「出来ます」を否定することは容易なことではない。ポスト戦争を知らない子供たち、激しい数的競争が去ろうとする今、本質を見出す時間はあるはずだ。

「それは理想論だ」というのは、会議における決まり文句である。今の日本は、まるでその会議の場のようなものではないか。理想は否定され、声の大きな人がその場を征して、我こそは正義であると称する。

「できない」ということは、現代社会において消極的な態度とされる。しかし、できないと言うことこそが、理想に照らした判断なのではないか。「できる」と「できない」は、同等の勇気を必要とする。あるいは「できない」の方が勇気がいるかもしれない。

国立国際美術館にボナール展を見に行ったらやってなかった。同じ国立でも、東京の新美術館での開催だったみたい。だいぶ来てるなあ。

確か高3の夏休み、友人に誘われて京都の駿台予備校の夏期講習を受けに通った。なぜ京都までわざわざ通ったのか、ほとんど面白半分だった気がするけれど、その理由も内容も全く覚えていない。ただ当時の自分たちの成績とは場違いなところであったような気がする。その友人は、理想を追っていたのかもしれない。結果、一浪したけれど、彼はほぼ理想に近い大学に合格した。

写真を撮り続けることは、祈る行為。とまで言えたらいいな。ルオーのヴェロニカを見に行こう。

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2018.10.27

忘れられるものならばもう旅になど出ない




さっきいいことを思いついたのだけれど、忘れてしまった。メモしとかないと忘れるかもしれないなと思ったけれど、こんなにいいことなのだから忘れるはずがないと思っていたら、やっぱり忘れた。忘れたということを自覚するから、いいことを思いついたということは覚えているわけで、きっとそのうちそのことすら忘れるようになるのだろう。都市をとると現在だけを生きるということになるのだろうか。英語で言えば、すべてが現在形、あるいは現在進行形で、過去完了的な意識がなくなるということだろうか。いや遠い昔のことは都合よく覚えているから、その遠い昔と現在が混在するところが厄介なのだろう。というようなことを書いていたら思い出すかなと思ったら、やっぱり思い出せない。糸口のようなものだけでも書いておけばいいのだけれど、さっきは結構忘れないという自信があったのである。

レンズを一つ買った。ずっと欲しかったM-ROKKOR28mm。四十年近く前に発売されたものだけれど、なんだか新品みたいだ。

「買う」何かそういうことにまつわることだった気もするけど思い出せない。思い出せないことは思い出そうとする必要がないと人には言うけれど、自分はちょっと思い出したくなることもある。そう言えば、近頃、人前で文章を書くことが怖くなってきた。漢字が思い出せなくてペンを止めてしまうことがあるのだ。安心して書けるのは、自分の住所と名前ぐらいのものである。

忘れることは、死への準備であると僕は思う。忘れるようにならなくてはいけないのであるし、そうでなくては死ぬに死なないということになってしまう。きっと最後は自分のことすら忘れてしまい、ある種の麻酔のように安楽の中で死を受け入れるのである。滋賀生物の機能一部であるとするなら、それが苦痛であるはずがない。苦痛であるのは、生を優先させる状態であるからだ。人間は誰も最後には、死にすべてを覆われる。雪景色にそのように、静寂の中に吸い込まれて行くのである。

「忘れられるものならば
もう旅になど出ない
忘れられるものならば
もう古い夢など見ない」

そう歌うのは中島みゆきだけれど、確かに忘れることと現代的な意味での旅は、関連性が深い気がする。

ショーウィンドウの大きな鏡に映る自分を偶然見て老けたなあと実感する。遺伝情報に抗うことなく、母方の伯父の様子にそっくりだ。そんなに嫌じゃなく、ちょっと不思議な心地よさ。何もできなかったなあとふと思う、それもそんなに悪くない。

思い出した。年賀状のことだ。郵便局から年賀状の注文の電話があった。最初は何のことだかわからなかった。年賀状?という感じである。でも、もうすぐ十一月なのだ。そう考えていると気がついた。年々届く年賀状が減っていくのは、僕が出すのが遅いせいだと思っていたけれど、それより、内容の問題かもしれない。僕を知っている宛先の本人は理解してくれても、その奥さんにしてみれば、僕の年賀状は不幸の手紙みたいなものだ。正月からそんなもの見たくないってな感じではないか。出す方のこちらは、今の思いを伝えているつもりなのだけれど、相手はそうは取れないだろう。っていう話が、「いいこと」でもないかな。

化繊の下着を一日着ていると疲れる。それを脱ぐよスッとする。

最初にホームページをインターネット上にアップしたのはいつだったろう。2003年かな。みうらじゅんの言うところの「since」である。もっとこういうのをちゃんと記録しておかないといけないな。

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2018.10.26

「人生の苦悩は愛することによって救われる」








台風で一部が壊れた納屋の屋根を赤いトタンに葺き替えたのを見て、母が「上高地の山小屋みたいやなあ」と笑った。母を喜ばせることは意外と簡単なのかもしれない。何歳になっても、変化することは楽しいことなのだろう。人間は変化に癒されるのかもしれない。

民主主義において、為政者が用いる「国民」という言葉は、私たちと同義であるはずだ。政治家の演説を聞いていてそう感じられる人なら託してもいいのかもしれない。安倍政権における「国民」とは、まるで中国や韓国の歴史ドラマで、王が使う「民」という言葉に近いように感じられる。

洋菓子はそうでもないけど、時々、和菓子をとても食べたくなるのはどうしてだろう。

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2018.10.25

美しいとは眩しいに近いことかな




人生負けが混んできているようにも思うけれど、もしかしたら僕は、小さな勝負に負けて、大きな勝負には勝てるのかも。などと根拠のないことを考える。美しい花をその美しさほどに美しく撮るセンスもない。これは人を撮るときも同じかな。花を撮るときだって、なんらかの意思疎通が大切なのだろう。ただ、美しい花を美しいと思える気持ちは持っているつもりなのだけれど。きっと火野正平さんだって、人には言えないいろんなことがあって、今穏やかな自転車旅をしているのだろう。花を届けてくれる人にも悩みがあるはずで、その花を眺める僕にも悩みはある。

なんだか体や心の微妙な変化が気になるようになってきた。朽ちることには抗えない。それを穏やかに受け入れ、今の自分にすることだ。

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2018.10.24

Evaluation






演ずるまでもなく、人は内に秘めた意思そのままの人になる。ただ寡黙をもって他人の前に出ればよい。

先日のこと、会社の人のお見舞いに行って初めて奥さんに会った。なんだかその人の内側にある思いを知ったような気がして新鮮な気持ちになった。夫婦というのはそういうものかもしれない。そして長く一緒にいるほどそういう関係になるのではないか。そう考えると、夫婦を眺めるのも、なかなかおもしろいものである。

知らないことは罪である。よって誰もが罪深い。免罪のすべは、そのことを知ることである。

カメラとしてのスマートフォンの優位性は、いつも持っているということだろうか。それには、どんなハイスペックカメラもかなわない。ただ、いちいち起動しないとカメラにたどり着けないのはちょっと面倒かな。

何事においても「センス」がないなと思う。経験の積み重ねは、失敗を恐れることにつながっている。センスというのも死語かな。センスとは、感性とも言えるし、運とも言える。ただ静かに大人しくしてるのが正解かな。もう試される時期、あるいは試す時期は終わっただろう。評価は、他者に委ねるしかない。

半ば稲も倒れてぽつんと残されていた田を慌てて刈り取るコンバインの音。それが済めば、景色は透明になり、すべての生命は息をひそめる季節が始まる。

日曜日は、ボナール展を見てから京都に行こう。

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2018.10.23

Today




自民党の総裁選前は急上昇していた日経平均が、それ以降どんどんと下がってきている。これはどういうことなんだろう。

東京が初めて空襲されたのは、十九年の秋、大阪は二十年の初頭であるらしい。ということは、本土に住む人々が戦争を実感したのは、一年足らずということになる。それも都市に住む人であって、空襲を受けていない地方の人なら、玉音放送ではじめて戦争を実感することになったぐらいのことなのかも。もしかしたら、太平洋戦争のカラクリは、そこにあるのではないか。本土住民は、陸上戦を経験したわけではない。戦場は常に遠い海の向こうにあったわけである。日本人は、敗戦の直前まで、明治維新以降続いた新しい神話を信じ、国家の啓蒙に酔った。私たちが現在において戦争の記憶としているものは、まるで映画のような創作物に過ぎない。戦争の本質とは、国家の国民に対する虚言に他ならないのかもしれない。

家族とは、否定し、断絶しながら続いていくものかもしれない。それを繋ぐものは、外形的なものではなく、断ち切れない意思である。

河瀬直美は、イデオロギー的にはどのあたりに位置する人なのだろう。椎名林檎もそうだけれど、オリンピックに向けて選ばれるアーティストは、なかなか危うくていい。もしかしたら、その危うさこそが、現代を象徴し、可能性を秘めているとも言えるのかもしれない。

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2018.10.21

秋晴れ




近頃お金を使いすぎている気がする。無駄遣いしていることはないと思うし、必要なことに使っているのだけれど、必要なことが多すぎるというべきか。人生も終盤とは言わないまでも、半分は大分すぎて、ゴールが見えるわけではないけれど、そろそろあの辺りなのかなと思うわけで、そうするとエネルギーの配分も今までとは少し違ってくる。

小津作品の中の笠智衆のように生きれればいいな。何があっても淡々と、悲しみはすべて内に秘めて。きっと戦後の日本人は、悲しみを見せびらかしたところで、それは何も特別ではなかったから、みんながそれぞれに内に秘めていたのだろう。「東京暮色」を見ると、娘が突然事故で亡くなっても、ほとんど父も姉も、その悲しみを表すような場面がない。ただそれは、日常へと吸収され、朝が来れば、いつものように父は会社へと向かう。それは、小津安二郎の演出というよりも、当時の日本では当たり前のことだったのかもしれない。日々は過ぎていく、人はその波間に漂っているにすぎない。どこへ流れ着くのかなど重要ではないことなのかもしれない。

ノイローゼという言葉があまり使われなくなったのはどうしてだろう。それに代わって病名が示される。現代社会は、病気、あるいは病名を作りすぎているようにも思う。それで救われる人もいるが、それで病気になる人もいるのでは。

金正恩さんは、何よりもう嫌になっているのだと思う。体制を維持するために意に反することをすることがバカバカしくなっているのだ。きっと日本の天皇制もそろそろそういう方向に向かうのではないか。

驚くほど人が増えた奈良公園を歩きながら海外からの観光客を眺めていると、奈良って楽しいところだったんだなと気づかされた。考えてみれば、大きな寺社が点在し、大仏をはじめとした様々な仏像があり、それらの余白を公園と小径がつなぎ、鹿が遊ぶ。まったくよく出来たアミューズメントパークである。少し前なら古びた土産物屋の片隅で埃をかぶっていた鹿の風船も、なんだか素敵に見えるからおもしろい。空気が澱んでる感じは、変わりないけれど。

季節ごとの風景の色を装いに取り入れている人は知的に見える。いや実際知的なのだろう。僕のようにその時の気分で服を選ぶのは愚かなことかもしれない。それは、装いだけのことではなく、世界と自分とをどう捉えているかという考え方をも反映しているのではないか。人間は、保護色を装う生物よりももっと容易にどんな色をも装うことができる。要するに、身を守るという根源的な性質を意思によって実現できるわけである。私たちは、自然と一体であるべきだ。人間にとってそれは、本能ではなく、意思によってなされるものであり、そこに知性が介在する。この世界と馴染むこと、協調とは少し違ったニュアンスでそのことを考えたい。

学生の時から、メモするということが苦手だった。なぜみんな、先生の話を書き取れるんだろうと不思議に思っていた。今日気がついた。字が大きいからではないか。小さい字ならば当然速く書けるはずだ。子供の頃、字が大きいことを自慢みたいに思っていた。わざと枠からはみ出すように書いたりした。それがいけなかったのだ。

深く生きる。どうしたらいいだろう。自分でも生を味わいながら生きる。まるで余命1ヶ月の心境のように、すべてのことが心にじんわりと染み込むように、あるいは指先にその感触を知るように。そんなふうに生きられたらいいなあ。そのためには、受け入れるものを吟味しないといけないかな。能動的にというより、どこに身を置くのか、そういうことではないか。他人のことをどうこう言っている暇はない。ただ、受け取りながらその自分を見つめるだけで精一杯だ。

アメリカ人と言っても、今では頭に浮かぶイメージは多様である。Appleのホームページを見るとそのことを実感する。アメリカという国は、理想によって結ばれている。そのことは、アメリカ人の誰にも否定できない。彼らの根源は、すべてそこにあるのだから。アメリカ人のルーツは、神話でも血でも文化でもなく、「理想」である。

資本主義も社会主義も封建社会からの脱却、民衆の開放の手段として生み出されたという点において変わりはない。要するに民主主義における経済理論である。両者は仲の悪い兄弟みたいなものである。

社会主義の悲劇は、闘うべき相手がいなくなったことかな。相手がいるうちはうまくいっていたし、幸せだった。

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2018.10.20

大江健三郎に似てきたかな




滅多に乗ることがないJRの駅から見る町は、まるで旅先の知らない場所のようだ。眼鏡で矯正した視界は、歩くことには支障がないけれど、酔っ払っているときはこんなふうに見えているような気がするなと思うようなもので、乗り合わせた人たちの会話の声は、どこか遠くから聞こえてくる。金橋駅では近くのショッピングモールに勤める人が降り、三輪駅では大神神社に行く人が降り、列車は山の辺の道に沿うように盆地の東側のなだらかな山の麓を北上する。車窓からは奈良の典型のようなこじんまりとした農村風景が見えて、聞き覚えのある駅名をいくつか通り過ぎ、あっという間に天理駅についた。小学校の時、校庭を走った距離で県内の路線を一周するというプリントがあって、僕たちは競うように休み時間も放課後も、小さな楕円形のラインの上をぐるぐると走り続けたことを思い出した。まったくここは小さな世界である。天理駅前は、不必要にきれいに整備されていて、空っぽの風景が広がっている。まだ予約の時間には少し早いので商店街でかろうじて営業されている喫茶店を見つけてコーヒーを一杯飲んだ。考えてみれば、コンタクトレンズなしに外へ出るのは、極めて新鮮な経験である。眼鏡では矯正し切れない乱視が天井のライトを花火のように見せる。初めてこのことに気づいたのは、オーストラリアで夜行バスから街灯の光を見た時だったろうか。僕にとってそう見えるものは、それが世界そのものである。見えるものと見えないものがあるのではなく、この世界は、私にとって絶対的に見えるものでできている。土曜日の病院は、特殊な外来だけのようで並べられたたくさんのイスに腰掛ける人はほとんどなく、予約時間より前に名前を呼ばれた。サンコンタクトの担当者は、とても誠実そうな人で、僕の日頃の疑問に丁寧に答え、適切な対応をしてくださる。「遠くがすっきり見える方がいいですか、それとも近くが見える方がいいですか?」これが難しい質問である。「近くは、老眼鏡で対応します」と言いながらも、近くが見えれば本が読めるのかなと心の中で呟いた。帰りには、駅前商店街を何度か往復して、妙に棚がきれいに整理された古本屋に一軒寄り自分がいかに何も知らないかに失望したあと、普通の食堂に入ってカツ丼を頼む。他には高校生の男の子とお母さんの客がいて、僕が「タバコ吸えますか」と店主に聞くとお母さんがちょっとこちらの方を見たような気がした。今の時代、喫煙可かどうかは別にして、こちらが自粛しないといけない。二人は一言も話すことなく、向かい合っている。母と息子とはそういうものかもしれない。二人が出て行ったあと、やっとタバコを吸えると思ったら、入れ替わりに幼い子どもをベビーカーに乗せた親子連れが入ってきて、もう絶望的である。不満があるわけではない。仕方のないことである。駅まで戻ると空っぽだった駅前には、案外人が集まっていてそれなりに「広場」としての機能を果たしていた。

香久山は、きっと香久山駅の近くにあるんだろう。今度、香久山駅で降りてみよう。畝傍駅の次だから、降りればよく車で通っているところのような気もするけれど。

考えたら、JRに乗るとすぐ近くでも結構旅気分が味わえる。これで当然帰れるのに小さな宿で一泊すれば十分楽しい旅である。

帰りに寄ったイオンモールの大きな自動ドアが開くと冷たい風が吹いた。店頭には、冬物が所狭しと並べられ、夏の名残りは、ワゴンセールに追いやられていた。いつも思うけれど、なぜイオンモールで知り合いに会うことは滅多にないのだろう。あんなにたくさんの人が行き交っているのに。

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