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「境界のエクリチュール」 in Book of days

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2018.01.17

みんな泣きながら生きている。




与えられた決断、人は誰も思いがけず、的を射た言葉を生み出す。人生のほとんどは、与えられた決断によって形作られるのだろう。与えられた決断、別れ道は向こうからやって来る。そして、気付かず通り過ぎて行く。それでも私たちは何かを選んでいるのだ。自分でも気付かずに重大な決断を重ねているのである。

将来、私たちのすべては将来でできている。また年金の仕組みが変わるという。どうも、政府の施策は、人が将来でできているということを巧みに利用するマジックである気がする。

人間の感情に「幸せ」などというものはない。幸せとは、思考である。瞬間に感じるポジティブな感情を思考によって幸せと変換する。本来幸せには時間がないのだけれど、感情をつなぎ合わせることで幸せな時間とする。もしそういうものを持つことができるならば何をおいても大切にしなければならない。いくらつなぎ合せようとも、その時間は、ごくわずかなものでしかないのだから。

雨が降って少し暖かい。でも、この雨も、山に行く頃には雪になるのだろう。

独身の頃、ワイシャツはクリーニングしてたかな、それとも自分でアイロンを当てていたかな。そんなことも忘れてしまった。

年をとると悲しみに鈍感になる。それはきっと悲しみが命を奪うものではない事がわかるから。

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2018.01.16

幸せを守るのではなく・・・ 分けてあげる




生まれて初めて神経性胃炎になったようだ。記憶の機能において、忘れるということは、覚えるということ以上に重要かもしれない。人は、どんなことも忘れるから生きてゆける。時には、意思の力でそれを阻もうとするけれど、徒労であり、不自然なことでしかない。そして、忘れないことは不幸でもある。

今日のほぼ日にも触れられていたけれど、歩くということは、究極の楽しみだと思う。この楽しみに気づいていない人は、一人で歩くという機会にまだ恵まれていない人だと思う。女の人はちょっと可哀想だ。こんなに平和な日本でも、やっぱり女の人が目的もなく歩くことは、ちょっとリスクが伴うし、本人も少しの緊張があるだろう。歩くことは、もちろん足の運動になるし、全身の運動にもなる。もしかしたら内臓の活性化にもつながるかもしれない。人間は、もともと移動しながら暮らす動物であったから、歩くことは苦痛より快楽を感じるようにできているはずだ。ただ無意味に心地よいのである。その上、目から入る情報は、新鮮な刺激を脳に与えるわけで、いわゆる「気分転換になる」ということになる。

軽トラのガソリンを入れにスタンドに行くとティッシュをくれるお姉さんから「おとうさん、もうシナジーカード入ってくれたはんの?」と声をかけられた。この「おとうさん」は、お父さんという意味ではなく、おっさん、あるいは爺さんということであった気がするわけで、人生初の経験である。まだまだ、初体験はいっぱいできるということだ。

ネットから社会問題に発展して、個人あるいは組織を破壊してしまうということが日常的に起こる。その対応としては、早期に徹底的に謝罪をして拡大を防ぐということがモードとなっているけれど、偉い人が、もっとスルーしてたいした問題ではないではないかという姿勢をとってほしいものだ。ただそれほど偉い人が、現在の日本には不在であるということも問題かもしれない。批評家は、いつの時代からか力を失ってしまった。それどころか、口だけの人を嘲る表現にさえなった。しかし過去には、深く広い教養を持ち,社会を納得させる批評家という立場が存在したのではないか。僕は口だけの人がいたっていいと思う。現実にまみれてしまっては、現実を批判することなどできるはずもない。

神さまがいないとすれば、世の中にはどれくらいの現実的、あるいは精神的空白が生まれるだろうか。人々は、それを埋めるだけのものを用意できるだろうか。神さまとは、もともと空白を埋めるための存在なのかもしれない。私たちが神様を求める時、そこにはもともと何かがあったと言えるか。

駄菓子屋の72時間を見ていて、子供の頃にあったそれなりにちゃんとした社会を思い出した。やがて、そこで育った人たちが訪れる。親が離婚して一時は荒れたという若者は、「夢は何?」と聞かれて、「幸せな家族を作っていつまでも一緒にいること」と答える。でも、その見本を持たない彼は、悩む日も来るのだろう。中三で子供を産んだという二十歳の女性は、昼と夜、二つの仕事をこなしながら、「小学校の時からやり直したい」と言い、見せられた当時の写真の自分を見ながら気持ちを入れ替える。弟を亡くしたという青年は、もうすぐ生まれる子供には、ただ爺さんになるまで生きて欲しいと願う。みんな自分が無くしたものを切なく望んでいる。社会は何より、この駄菓子屋のように、すべてを受け入れる大きな器であらねばならない。

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2018.01.14

Romantic




ふと思った。世の中は、ロマンチックじゃなくなっている。例えば、建て替えられたスキー場のロッジは、どこもとても綺麗で機能的で、でもまるでいろいろな形のブロックを積み重ねたみたいにどこもおんなじだ。それは、新築の家の様子にも似ている。白いの壁、限られたスペースを広く見せる工夫、まったくロマンチックという要素が排除されている。確かに僕たちが若い頃はやったペンションやカントリー調の装飾は、取ってつけたみたいであっという間に陳腐化してしまったけれど、建築にも、もう少し、ロマンチックという付加価値が必要ではないかと思う。一事が万事そうなのかもしれない。合理性、機能性、シンプルさ、明るさ、広さ、空間は今やそういうものに埋め尽くされている。そんな環境で、人はロマンチックになりようがないのではないか。もしかすると恋をしなくなった若者や少子化の原因はそういうところにもあのかもしれないとさえ思える。クリスマスもバレンタインも、今では社会性を維持するための儀式のようになり、親世代の過度な干渉が、それに拍車をかける。日本人というのは、今に至ってまだ、つくづく小市民的である。

母に似たとこ、父に似たとこ。性格の遺伝は、中和してひとつの性格になるというより、斑に遺伝していてこっちがでたりあっちがでたりのような気がする。子供の頃、母の実家の雰囲気が苦手だったのを思い出す。何だか会話の内容が攻撃的でクリアすぎた。常に最良の答えを求められているみたいで面倒臭くなる。こっちの家は、答えを見つけるというより何となくことが進んで行く。そのギャップだったのだろうか。両親の人生が、悲しいこと辛いこと、紆余曲折がありながらも、それなりに成果を得たと思えるのは、それぞれの特長がうまく機能したせいだろうか。それとも、運と不運が結果を決したのか。五十年以上をほぼ毎日喧嘩しながら、よくも一緒にいたものだ。子供の頃、それは妹が幼かった頃だから、僕は小学校の上級生ぐらいだったのかな。その頃は特に酷くて、その言い合う声が聞きたくなくて、妹と家の隅に避難したのを思い出す。年をとったいまでさえ、トーンは落ちても、何かをするたび喧嘩している。まったく気が合わないのである。それは見ていて可哀想に思えるくらいだ。ただ、基本的なところの価値感は、結構近いような気もする。いや、そうでもないかな。装うことが好きなところは似ているのかな。その点におけるこだわりは同様に思う。母は、もっぱら人に着せるほうが好きだけれど。ということで、僕は結婚したら夫婦喧嘩はしないと心に決めていたのだけれど、その事なかれ主義が、喧嘩の原因になるとは思わなかった。僕は、物事を能動的に解決するという強さが決定的に欠けているのだ。

さだまさしの最初から3枚、あるいは4枚、そんな気分。

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2018.01.13

Time goes around




若尾文子、何でしょう、この魅力的な容姿と内在しているように思える物語は。






彦根城、城はたくさんの防御の工夫がなされている。何をなぜ守らなければいけなかったのかと天守からの風景を眺めながら考えてしまう。日本の城は、いくさに特化して建てられている。それは、地域やそこに住む民を守るというより、権力を守るものであるような気がする。たくさんのカップルが石段を登るのを見ながら、城は灯台に似ているなあと思う。人は、そういう場所に向かうのである。



旅先の小さなテレビで見る寅さんは特別心にしみる。マドンナとして出演している女優は、みんな一番その人らしい様子を見せる。人生は、涙によって彩られる。メキシコの詩人の言葉ではないけれど、人は涙によって測られる。雪が舞う窓ガラスをわずかに開けると国道沿いの音が聴こえる。

「働くっていうのはよ、博みたいに女房のため子供のために額に汗して、真黒な手して働く人達のことをいうんだよ。」
何か今の富の再配分は間違っている気がする。いや、幸せの配分かな。



そうか、スキーに行くときは、虫眼鏡を持って行くべきなのか。

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2018.01.12

冬はつとめて








オールディーズという言葉はあまり使われなくなった。「アメリカングラフティ」で次々に流れていたそれらの曲は、ビートルズに代表されるようなロックバンド、ボブ・ディランに代表されるフォークシンガー以前のポップミュージックということになるのだろうか。でも、今から考えれば、ビートルズもディランもイーグルスも、ザ・バンドもクイーンもクラッシュもジャムもU2も、もしかしたら、ニルバーナやオアシスだってオールディーズと呼べるほどの時間が経過している。ロックというカテゴリーも今やクラシックやジャズというカテゴライズと同じに、音楽の一形態として変に落ち着きを持って定着した。既にそれは、概念化され社会に取り込まれたという言い方もできる。ロックミュージシャンの奇異な振る舞いさえ、それは歌舞伎役者のそれと同じに様式美のようだ。

志賀高原の麓のイオンで秋山郷というお酒を買ってきた。なんだかラベルがシワシワで、そこに惹かれたわけであるけれど、飲んでみるとなかなか美味しい。ワインより日本酒の方が、味に差があるのかな。酒蔵が、生き残りをかけて工夫している結果かもしれない。今や酒造りとは、伝統産業ではなく、ベンチャーみたいなものかもしれない。

近頃の奈良盆地の朝夕は、スキー場より寒い気がする。同じように八月の奈良盆地は、南国のビーチリゾートより暑い。言い足すなら、奈良盆地の春は、スギ花粉が充満し、秋は、紅葉しない植林の山に取り囲まれている。

小学生の頃、習った数字を元に奈良県って日本の縮図みたいだなあと思ったことがある。人口が、ちょうど1/100ぐらいで、人口密度が、297人(記憶が正しければ)でほぼ同じ。山地は、全体の3/5を占める。

ふと思った。父の自叙伝を代筆するというのはどうだろう。

さだまさしを聴いていると、映像の必要性を感じない。むしろない方がいいと思う。だから、「北の国から」のテーマには、歌詞がないのかな。

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2018.01.11

霰降る




涙の形をした雨が黒い夜から降ってきた。瞳からこぼれ落ちる涙にもこんな風に形があって、少しの時間でもそのままであったなら、手のひらに乗せて「ほら見て」とあなたに見せることができるのに。

夜の瞳からはらはらと涙の粒がこぼれ落ちた。それを拾って手のひらに乗せ、「ほら見てごらん」とあなたに見せたい。

五年手帳には、誰が見ても支障ないような仕事のことについて書こうと決めて始めたのだけれど、なんとも空白が埋まらず、またつまらないことを書いてしまう。他に三年目を迎えた十年日記があるわけで、そっちには主旨を決めずに書いているわけで、だいたい、そんなものを重複して書いても仕方がないと思いながら、五年手帳の質感は捨てがたい。まず言えることは、日記とは、誰が読んでもいいなんてことはあり得ないのではないか。公表されている著名人の日記にしても、亡くなった親族の日記にしても、それは、本人の許諾なく読む場合がほとんどで、でも、書いた本人にすれば、もしかしたら、自分がいなくなった後、だれかが目にするということも前提にあるのかもしれない。

過去における地域コミュニティは、生きて行く上で必要不可欠な労働共同体、あるいは生活共同体であった。しかし、現代においては、生活を地域コミュニティに依存する必要は小さくなり、辛うじて残された機能は、もっぱらハレの日の儀式共同体とでも呼ぶことができる日常的には形骸化したものとなった。では、家族という単位においてはどうだろう。家族は、最小の生活共同体、あるいは経済共同体であったと言える。しかし、あらゆる暮らしの利便性の向上は、家族においてさえも共同体機能を不要のものしつつあるのかもしれない。家族さえハレの日のための儀式共同体となるのは近いのかも。仮に、地域や家族というコミュニティのない暮らしを想像してみる。要するにそれは、隣に誰が住んでいるのかもわからないマンションでのひとり暮らしみたいなものか。この時代には何も珍しいことではない。確かに少し寂しくて、精神衛生上は良くないかもしれないけれど、反面、煩わしさからは解放され自分のペースで暮らすことができる。孤独死のニュースを聞くとかわいそうにと思うけれど、当の本人は、別に寂しくもなかったのかもしれない。現代社会では、会社という時間の制限のあるコミュニティやネットなどの広くて緩いコミュニティに多くの人が属している。それらのことを考えれば、私たちは、地域や家族という今まで相互依存関係にあったコミュニティ無しでも不都合なく暮らせるのかもしれない。ただ、コミュニティ機能に代わるサービスが、多く科学技術や企業活動という対価を必要とするものであることは知っておかねばならない。

葛城山もきれいに白くなっている。二上山が白くなるのは、奈良盆地に雪が積もるときくらいだ。子供の頃の冬の深度の目安は、そんな山の風景の変化と何も遮る建物がない田んぼの中を真っ直ぐに続く通学路を吹き抜ける北風の冷たさであったのを思い出す。

五年手帳の1/5の項の欄外に奈良美智の言葉が載っていた。
「なにかに迷ったときには、昔自分がかっこいいと思っていた大人を思い出せばいい。二十歳のころの自分が理想としてた大人ってどんなだったっけって思うと、もう、すぐ解決する。」
なるほどなあと思い、自分のことを思い返してみる。そして、その横に「もしかしたらそれは父だったかもしれない」と小さく書いた。やっぱり僕は、この道しか選べなかったのかもしれない。いや、この道を「選んだ」のだろう。

続き)五年手帳と十年日記、使い分けが悩ましい。今さら十年日記を破棄したら、今までの二年ほどが無駄になるし、そこには姪の誕生とか、スキーの記録とかあるし、三年目ともなると、既にその日の過去を読み返してそうだったのかとか思うこともある。

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2018.01.09

日記を書こうとしても、よほど特筆すべき出来事でもなければ、ほとんど何も思い出せない。書くことがないというより、一日が思い出せないのである。だいたいお昼に何を食べたかも、危ういほどだ。食べたことは、身体が記憶している。ふと思った幸福に生きる方法は、過去と未来、特に未来に思いを巡らせないことだ。ただただ目の前の出来事に没頭する。人生を時間を有したものと考えることなく、刹那に身を置く。しかしこの場合、幸福は、実感するものではなくなるだろう。逆説的にいうなら、私たちにとっての幸福は、未来や過去とつながった今によって認識されるものなのではないか。幸福とは、嬉しいとか、楽しいというような意識下のものではなく、思考であるような気がする。幸福はそういう意味では、時間を有している。あるいは、距離かもしれない。

なぜ、ひとつの民族が、オリンピックを機会としてほんの少しでも統一に近づこうとすることを半ば批判的に捉えるのだろうか。これは手放しで喜ぶべきことなのではないか。いや、あえてそうすべきことなのでは。もしそうできないとすれば、そこにあるものは「悪意」である。うちに秘めた悪意の作用だ。悪意によって為されると考えることには慎重であらねばならない。安易にそう判断してしまえば、悪意は真と化し暴走するだろう。仮に悪意があるとすれば、それを解かすだけの誠実が必要だ。正義ではなく誠実だ。正義は悪意と対立するのである。いや、正義もまた悪意の一表現かもしれない。どちらにしても、私たち誰もが求めることは、極東の平和であり、思想における勝利ではないはずだ。

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2018.01.07

六花




年明けから、アメリカも日本も、株式市場が活況を見せている。アベノミクスのマジックによるバブル気味の日本は別として、とっくに成熟を迎えているはずのアメリカ経済が日本とは異なり実態を伴いながら成長し続けるのはどうしてだろうと思ってしまう。ここには、本質的なところでの国のカタチの違いがあるのかもしれない。二十一世紀に入ってからをみても、ほぼ人口が一定、近年は減少に転じている日本に比べて、アメリカでは、毎年200〜300万人ずつ増え続けている。今世紀だけで、約4000万人増である。それは、移民によるものであるけれど、この時代になってまだ、流動性を内在させているということが、様々な問題を抱えながらも他にはないアメリカの凄さではないか。五十年前には8割以上だった白人が、今では6割程度、将来的には半分を破ることになるそうである。そこでは当然もう一つの要素である国土の大きさがそれを許容するわけであるけれど、それ以上に誰もが移民の子孫であるという自己認識が作用しているのではないか。何もアメリカと同じことをする必要はないわけで、現政権は、その移民の役割を「国民総活躍」、言い換えれば、国民総動員で乗り切ろうと考えているのだろう。これはまさに、日本のお家芸みたいなもので、女性も高齢者も、学生たちも、ハンディキャップのある人たちも、みんな経済活動に引き入れることで、そのボリュームを維持拡大しようというもののような気がする。ただ、そんなことが長く続けられるのかという気もする。ある時点で、国家として疲弊してしまわないかと。余力なく、いっぱいいっぱいで鳴らし続けているスピーカーみたいにある時何も音が出なくなってしまうのでは。経済規模を縮小しながら幸福を実現するという考え方は、絶対平和主義と同様、木っ端微塵に論破される。なるほどそれは、人間というものが備えた性質を無視した考え方なのだろう。いま世界の潮流は、『穏やかな人」が制御していた時代を過ぎて、『露わな人」が逆襲しているところである気がする。それはちょうど、大きい波と小さな波の波長がぴったりとあったところかもしれない。その流れが上限に達するまでは、続くのだろう。穏やかな人が再度力を手にするのはいつのことか。この世界を破壊するような激変無くしてそれは可能か。



不思議なことをする。こういう知育的おもちゃでよく遊んでいるせいかな。僕の周囲では唯一の子供だから、何をするにも注目の的、それに応えるようにいい子だ。



名前が、力を持つということ。名前が美しいと思うこと。名前が想像を膨らませるということ。スキー場で読むには、これほど適した本はないだろう。

正月気分が持続している。なんかぼーっとしていていい感じだ。

星野仙一、野球人には珍しく、闘志と知性を併せ持った人だった。寒いせいか、身近でも亡くなる人が多い。それぞれに与えられる時間の意味をどう理解すればいいのか、そんなことを漠然と考えてしまう。

死ぬのに生まれてくる。後付けの理由はいくらでも語られる。その理由を作るために生きているとも言える。種をつなぐため、最も根本的な理由。しかし、その子孫も次々と死ぬ。何か到達するところがあって、それに向けてつないでいるのか。大きな意思が働いているのか。であるとすれば、殺しあうことも破壊も、その意思の下にあるのか。私たちは、積み上げられてきた考えの上で、自らの微少な考えをめぐらせる。それでも、自分なりの答えを見出さずに死ぬわけにはいかない。なぜ死ぬのに生まれてくるのか。いろんな言い方をしてみる。死ぬために生まれる。生まれるから死ぬ。生まれてから死ぬ。死ぬ前に生まれる。ビールを一杯飲む。生まれることと死ぬことにどれくらいの時差があるだろう。私たちはその中にいるから、とても長く感じる。そして、まるで永遠のように思う。死は、時折、蜃気楼のように彼方に現れ、伸ばした指先がそれに触れる瞬間、消えてしまう、あるいは現実のものとなる。


俯瞰してみれば、幸福さえ悲しい。

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2018.01.05

Regime

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ふるさとへ帰る地図は
涙の海に捨てていこう
悪いのは僕のほうさ
君じゃない

さすが北山修だな。仲里依紗は、どんな格好をしてもいやらしく見えない稀有なの日本人、と思ったらハーフなのか。

以前なら、おとなしいとか、人なつっこいとか、ひとつのことだけにはすごい才能があるとか、そんな個性として扱われていたことが、何らかの症状として見られるようになった気がする。そこで感じることは、完全な人間なんているのだろうかということ、あるいは、一定の水準をあらゆる面でクリアした人が「普通」となるのだろうか。普通があって、それに対する不完全さがあるのではなく、すべては不完全なのではないかと思う。実際、人はどこか足りない状態で苦労して生きているのではないか。みんなが不完全であるとすれば、なんて楽になるだろう。その不完全さを互いに補完し合って生きていこうとする。それが社会であるのだろう。社会のセーフティーネットを活用しようとすれば、「診断」が必要になることもある。周囲が納得するためということもあるかもしれない。それだけ、逆に言えば、表面的には寛容になったと言えるのかもしれない。ただ、症状として明確にすることは、区別することに繋がってしまう。区別は、自分はそうではないという証としても用いられる。それは、あたかも、完全が存在するという幻想を社会に抱かせることになるのではないか。

ほぼ24時間ぐらいの間にほとんど車が見えないくらい雪が積もった。近くに行って掘り出すのに一苦労。スキーに行くにはシャベルが必携とはじめてわかった。ただ、気温が低いから、手で払いのけると軽く飛び散るような雪だ。こういう雪を求めて海外から来るスキーヤーがたくさんいるのかな。不思議なことに野沢温泉では、たくさん見かける外国の人が、志賀高原ではほとんど見かけない。温泉という付加価値か、交通の便か、滑走エリアの自由度か。リフトで一緒になった人が、英語でiPhoneに話しかけていた。まるで友達に質問するみたいに「Siri, What time is it now?」とか何とか。そうかこれが正しいAIと人間との関係なのかと感心した。言語の問題もあると思うけれど、日本人だとこうフレンドリーな関係のものは作れないなあ。アメリカから輸入されたプログラムで、キャンプリーダーや研修の指導者が、まず最初にお互いをファーストネームやニックネームで呼び合うよう指示するときの違和感、あれはもう、日本人が、いかに封建社会から抜け切れていないかを思い知らされる瞬間かもしれない。いやそうでもないかな、名字が一般化されていなかった江戸時代までは、日本人だって、ファーストネームで呼び合っていたわけであるし。今私たちが囚われているのは、封建社会の名残というよりも、明治期に構築された社会構造なのかも。安倍さんは、戦後レジームからの脱却というけれど、個人のレベルで大切なことは、まだまだ、戦前レジームからの脱却かもしれない。帰りに寄ったモンベルでシャベルを買おうかと思ったけれど、高かったのでやめた。きっとまたあの時買えば良かったと思うことがあるのだろう。

「知らない世界を見てみたい。誰もやったことのないことをやってみたい。」
冒険家の言葉は、矛盾のない素直なものだ。今世界に知らないことは残されているのか、これはもう視覚や知識の問題ではない。体験のことではないか。であるとすれば、私たち一人ひとりに冒険は残されている。誰もやったことがないこと。これはもうその言葉どうりだ。冒険家も、私たちも、命の数は一つであることに変わりはない。違いは、その危機に直面している実感と、それに対する周到な準備、越えようとする明確な意思だろうか。それに伴う苦痛についてはどう理解すればいいだろう。継続する苦痛、それは死と接続するものかどうか。きっと冒険家の意思は、それを断ち切り続けることにも働くのだろう。例えば、佐々木大輔さんが、デナリを滑り降りる方が、僕がスキー場の難度の高いコースを滑るよりはよほど安全だ。彼には、その技術と体力と知力、それに経験を備え、不慮の事故がない限り理論上可能なことをしている。それに対して、僕にはそれが備わっているわけではないのだから。どちらを冒険と呼ぶか。冒険の正しい概念は、当然、佐々木さんの方だろう。

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2018.01.03

冬の居場所











一日中、深々と雪が降っている。朝停めた車に、三時ごろには既に30センチぐらいの積雪。グローブで払いのけるとさらさらと飛ぶような乾いた雪だ。あまりの寒さと視界の悪さに諦めてホテルの部屋へ。プリンスの大きな窓から眺める雪景色が好きだ。時折風が吹くと名前はわからないけれど、モサモサとした常緑樹から煙のように雪が落ちる。小学生のお兄ちゃん、幼稚園ぐらいの女の子、それに優しそうなお父さんとお母さん、理想的な「家族」とゴンドラに乗り合わせた。妹を思いやるお兄ちゃん、次に滑るコースを話すお父さん、子供達の様子を気にかけるお母さん。当たり前の幸せがゴンドラを満たしていて、僕は、ただ、邪魔にならないよう息を飲む思いでそれを眺めていた。幸せは、遺伝するものだろうか。きっとあの子達は、また幸せな家族を作るだろう。ニュースでは、悲しい家族の結末を知ることも少なくない。幸せは遺伝して、不幸せは遺伝しない社会を作らないといけないのかな。雪はすべてのものから形を奪っていく。このホテルは、その難を逃れるように辛うじて立っている。このホテルの好感が持てるところは、自然に対して邪魔をしているという意識のもと、華美でなく、最低限人間が快適に過ごせる空間を作っているところだ。志賀高原には暮らしがない。山麓の町ともはっきりと遮断されている。なるほどこんな環境では、暮らしは不可能だ。








屋根に積もった雪がびっくりするくらい大きな音を立てて落ちる。すでに4回落ちて雪溜まりになっている。その瞬間を撮りたいと思うけれど、簡単なことじゃない。雪は、真っ暗になった窓の向こうで降り続いている。

大統領は、自分の目の前に核のボタンがあるとツィッターに書き込む。誰より強力で多くの核を自分は持っていると。

高校の頃は、部屋にいるときは、FMをつけっぱなしだった気がする。と言っても、うちの家は、NHKしか入らなかったのだけれど、それでも心地よかった。車で聴くのとはちょっと違って、少しだけ心に引っかかる。

そうそう、プリンスには、ペイネの版画もある。

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2018.01.02

鳩ぐるま









野沢は、たぶん学生の時に一度来たと思う。あれは何歳だったのかな。二十歳、三十数年前ということか。すべての思い出は、うん十年という単位になった。もうそれを測る尺度は、五年ぐらいの目盛りで十分だ。近頃すぐに眠くなる。本当にあったことか、想像の成せるものか、そんな思い出とともに眠ってしまう。

静寂こそは、最高の憩いである。器の縁を這う小虫を目で追う。静寂には嘘がない。

イオンモールを出ると、そこには雪に覆われた名も知らぬ山が見えた。風土とは、現代においてもそこに住む人の気質に少なからぬ影響を及ぼしているのだろう。そう言えば、鳩ぐるまを買うのを忘れた。

巡礼、そうか巡礼をしているのかもしれない。いくつもの聖地を巡る。「ロミオとジュリエット」の恋した気持ちを巡礼者に例えるくだりが好きだった。

山では、ずっと雪の予報でも、時折日がさすことがある。

近い将来の有事が現実味を増しているとのこと。日本国憲法は、戦争に備えることを前提にしていない。それを否定することで国と国民を守ろうとする思想である。まだ、具体的な攻撃を加えていない相手国に、どんな理由があれ、先制攻撃を加えるなら、その補助という役割を担うにしても、もう法を無視した混沌である。首相は、何かにつけて法の支配という言葉を用いるけれど、今の日本こそ、法が支配しない国になりつつある。

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2018.01.01

記号であると同時に線である、意思の関与する線である




妙にカラッとしたクリアで寒い朝だった。一年という周期で人は気持ちを入れ替えたり、新しいことを始めようとしたりする。何も変わらないはずの日々の中で、そうやって区切りを設け、それを動機にしようとする。来年には平成が終わり、新しい何かが始まるのだという。数十年に一度のことである。きっと誰もが何かを始めようという気になり、あるいは諦めようとするだろう。その総体としての世の中は、否応無く、その意思によって変化する。何だかこの一年は、僕自身にとっても大きな変化があるような気が、朝の景色を見て思ったのは気のせいだろうか。

何だか、人の書いた文字がとても大切なものに思える。メモみたいなものでも捨てられなくなってしまう。こんなことがこれから続くようなら、生きることはとても辛いことになってしまうような気がして気が滅入る。もしかしたら、本当の孤独は、これから少しづつ深まっていくのかもしれない。酒を飲むたび泣くようになってしまうかも、歌を聴くたび涙が溢れてしまうかも。これこそが、人生の醍醐味か、それとも、終わりの始まりか。

一つ感じたこと。幸せは、傍観することで理解可能なものとなる。幸せは形を持ち、音や光を持つことになる。その中にいては、形は壁に思えるし、音はうるさく、光はまぶしい。

僕は、来年の一月一日、どこにいるだろう。

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2017.12.31




信越で雪の予報が出る前の日は、奈良ではたいてい冷たい雨が降る。



あかん、また紅白見ながらになった。来年こそは、と今から思う。そう言えば、年賀状をこういう形式にしてどれくらいになるかな。もう十年ぐらいなるのかな。結構きつくなってきた。

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2017.12.30

自由は焼け野原にだけ実現される




思い返せば、と言っても僕が記憶していることではないけれど、日本のアジア進出や軍拡に不満を持った欧米諸国の原油遮断が太平洋戦争開戦の原因であったのではないか。今なぜその当事者であった日本が、北朝鮮を同じように追い詰める一翼を担っているのか。北朝鮮の暴発は、国家としての日本にとっては大したリスクではない。むしろ待ち望んだ好機なのかもしれない。しかし、国民にとっては何が起こるかわからないような事態だ。そう考えるなら、今こそ、武力という選択肢を国民が絶対的に否定すべきなのではないか。

改めて考える。親にできることってなんだろう。もう、その期限は近づいている。野口英世がお母さんにしたことは何だったのだろう。立派になること、きっとそれが唯一できることなのではないか。そして、最低限しなければならないことは、先に死なないことかな。日常、親子の間の日常とは葛藤。

子供の頃の年末といえば、父の兄弟が集まって、畳を上げ家を分解する勢いで大掃除をして、誰が食べるのかというほどたくさんも餅をついていた。あの頃は、そういう一つひとつの行事が、そのまま家族の楽しみだったのかな。ただ、それは、母にとってはある種の苦痛の時間だったかもしれない。幸せとは、そういう類のものなのではないか。自由は、焼け野原にだけ実現される。

近頃、赤を選んでいることに気がつく。

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2017.12.29

錯覚したいから




たぶん、スキーに行く第一の理由は、彼方に近づくような錯覚である。そして、もう一つ思いついた。いい人になったような錯覚も感じることができる。他にもあるかもしれない。白いゲレンデやそこにたどり着くための道は、たくさんの錯覚を乱反射して、まるで何かに酔ったような気にさせてくれる。



民宿の食堂の奥では、幼子の泣き声がして、さっき僕を迎えてくれたお母さんのそれをしかる声が聞こえて、ちょっと僕は家族の邪魔をしているようで、でもなんとも心地よい旅情を感じる。若い頃、弘前で泊まった民宿の不思議な卵焼きの味が不意に戻った。僕が家庭料理そのものと言える夕飯を食べているすぐ横では、家族が同じように夕飯を食べていた。襖の大きなシミ、暗い蛍光灯、まだ若かった僕には、それはとても悲しいものに感じた。でも、今となっては、そこにある幸福の欠片をほんの少しの間だけ共有させてもらえる喜びを感じずにはいられない。

北陸本線がすぐ近くを通っているらしく、時折、踏切の遮断機の警告音が聞こえ、しばらくすると動力と線路の摩擦音で構成される列車の音が聞こえる。そして、それを追うように風の音がした。



判型の小さな本だ。本屋で見かけてかわいい本だなと手に取った。サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路を行く物語。そんなにたくさんの翻訳文学を読んだことがあるわけではないけれど、海外文学は、日本文学に比して、物語性が強い気がする。要するに、海外では物語もまた大きな比喩なのである。

サプリメントの類は嫌いだけれど、確かにブルーベリーは、目の筋肉に効果があるようだ。

大人は、新しいことを覚えるためには、覚えている何かを忘れなくてはならない。幼子とは違って、記憶細胞は既にいっぱいになっているのだから。

ロボットやコンピュータではなく、インターネットが人間を支配し、隷属させるという可能性。情報は、ある時、思考へとクラッシュする。その情報を与えた膨大な人々が亡くなった後、情報は考えることを始める。

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「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」




何となく録画していた。ストーリーとは関係なく、出会いの部分から涙があふれてきた。帰ったら続きを見よう。

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2017.12.28




終わることの経験。毎年それを繰り返して慣れていく。

僕たちがまだ子供だった頃かな。日本人はエコノミックアニマルであると世界から見られていた。日本人は、その批判をまさに経済発展で克服し、それ以前と同じように欧米に追いつこうと努力した。けれど結局、たどり着いた今、やっぱり世界でも類を見ない経済至上主義を極めているのではないか。そして最後の最後には、経済のために再び戦争をする。

とてもシンプルな方法として、他人の話をたくさん聞けばいいのではないか。最初は置かれた場所のことに始まり、周囲の人のこと、家族のこと、そしてその人自身のこと、たくさんのそんな話を聞けば、たくさんのことを知ることができるのではないか。

もしかしたら、少し前までの政府は、世論の反対を理由にアメリカからの要求をできる限り拒否してきたのかもしれない。今の日本では、それが無くなったために拒否する理由もなくなった。もはや、戦争への関与は既定路線である。やがて人々は、贔屓のプロ野球チームの選手起用を面白おかしく批判するように「日本軍」の侵攻を話すようになるだろう。

勤勉であれという啓蒙は、権力者による国民の搾取の方法である。本来人間は、自分が食べるぶんだけ畑を耕し、収穫をするのである。封建社会ではそれさえ不可能であったわけであるけれど、現代においても、搾取は相変わらず、貨幣が関与することで続いている。

総じて、表面的には大きく変化したようでいて、根本の仕組みは変わっていないというのが、社会のありようなのだろうか。

考えてみれば、「今日はニュースがありません」という日はない。どんなに穏やかに終わる日も、ニュース番組に与えられた時間は埋まっている。

そうか、銀行や市場は、明日も動いている。少し前なら29日は多くの会社が営業日だった。有給休暇という制度は、どうも日本の社会には向いていない。みんな一緒に休まないと安心できないのだ。労働環境の制度の見直しがいくつも進められているけれど、それよりも大切なことは、社会と個の関係についての意識の変化である気がする。制度ばかりが緩められても、意識が緩まなければ、結局ギャップに個が苦しめられることになりはしないか。組織のパフォーマンスが落ちてもいいから、みんなもっと楽になろうよ、とは誰も言わない。労働時間の短縮も副業制度も、その目的は、組織の効率化と言われる。それでは、労働環境の改善にはならないのではないか。

インフレターゲットを達成するためのより良い方法は、金融緩和よりも、カスタマーサティスファクションという亡霊の支配から脱却することだと思う。

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2017.12.26

寒天




ソウルを抜けば、純度は上がるかな。写真の話である。

スキーに行くようになって、気候の変化や天気予報に敏感になった。大きな気候の変化の中に小さな変化の波がある。ほぼ同じ日に程度の違いがあっても山では雪が降る。

主体的に生きることはとても難しいことだ。人は多く何かに従って生きている。「従う」という言葉を様々に言い換えながら、社会は支配構造を整え、人々は自分を納得させる。貨幣は、ものの流れを飛躍的に拡大させると同時に人を鎖のように繋いでいる。

「自由と平和」は、戦後の日本において呪文のように誰もが口にした言葉だ。けれど、日本人は、何からの自由なのかについて曖昧なままにその言葉を用いた。あるいは、平和を自らの安寧と置き換えて認識した。

どんなに大きな戦争が起こっても世界が滅びることはない。そのことは、二度の世界大戦によって証明された。それ以降、人間が唯一恐れるものは、核兵器だけになった。戦争は、自らを滅ぼすものではないという認識が戦争を今も有効な手段にしている。

お昼のニュースで、長い間、指名手配犯として写真が張り出されていたオウム真理教の菊地直子容疑者の無罪が確定し、「菊地直子さん」として扱われていた。真実は誰にも見いだすことはできない。それは当事者さえそうである。裁判制度とは、仮の真実を見出すことで、社会秩序を守ろうとすることに過ぎない。感情に依存してはいけない。集団的感情にはなおさらである。考えてみれば、オウム真理教は、僕と同世代が深く関与したものであった。きっと僕らの世代に共通して欠けているものが、そこにはあったのではないか。

この寒空の下、コンビニの前で「五條」と書いた紙を掲げた人が立っていた。高田でヒッチハイクする人を初めて見た。近くの銀行へ行くだけの用なので残念ながら役にはたてなかった。この歳になってヒッチハイクするのもなんだかであるけれど、乗せるのは一度してみたい気がする。そう言えば、学生の時、稚内の海岸をトボトボと歩いていたら、確か「太陽テント工業」と書いた営業車が止まって乗せてもらったのを思い出す。今もその社名を覚えているくらいだから、とても嬉しかったのだと思う。帰りに同じところを通ったら、もうその人の姿はなかった。誰かがそこに止まったのかな。

個人番号って、導入の時にはあれほど扱いに注意するよう周知されたのに、今では行政も安易に提出を求める。いったいこの番号で、国は個人をどのように管理しようと考えているのか。

なぜ、結局年賀状は、年末ギリギリにならないと書けないのか。それは、年賀の気分にならないからだ。年明けに出す習慣にすればいいのに。

惰力と引力は、どちらが強いのか。私たちには、動力が備わっているのか。人間は能動的な生物なのか。本来、生物とは能動的なものなのか。明日を迎える力は、オーダーによってのみ働くもののような気がして、オーダー無くして、私たちは、前に進めるのか。私たちは、無限の輪廻の輪をくぐる直線たり得るのか。

今年は寒すぎる。

『父になった純を見せてください。」そう倉本聰に頼むのは、ぜいたくなことなのかな。

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2017.12.25

Long time ago




もしかしたら、自衛隊の存在は、過保護な親に似ているかもしれない。守ろうとすることが結果守ることにならないという意味で。

選択を間違ったかなと考えるとき、実はできうる限りベストな選択をしているけれど、それでもダメということも多いかもしれない。

主体的であるということの重要性がもっと認識されれば、社会に起こっている様々な問題は解決の方向に向かうのではないか。結局今も長い封建社会に構築された仕組みに私たちは囚われ、苦しんでいるのではないか。

成人式で騒ぐ若者たちに向けられる権力による排除は、本来壇上の大人たちに向けられるべきものなのではないか。大人たちは、成人式を迎えた若者たちの歩みの中で、どれほど公平な社会を実現できたのか。彼らの元にわずかに残された自由さえも、その場で奪ってしまっていいものなのか。

「WAR」から三十五年が経って、そのジャケットに写ったエッジの娘さんはやっぱり鉄兜を被っている。戦争や紛争が、この世界からなくならないのは、私たちの多くが、それはなくならないものであると思っているからなのかもしれない。今でも、先進国の首脳が、自国の平和を守るためには、戦争も選択肢であると当然のように胸を張る。

気のせいかもしれないけど、クリスマスというものが年々下火になってきているのでは。もしそうだとすれば、願い事は叶わないと誰もが思うようになったからかな。すべての人が、「平和」を下さいと祈りながら、それが入る大きさの靴下を枕元において眠ったならば、次の朝には、世界は必ず平和になっているだろう。僕たちはみんな違う願い事をしているから、平和は力によってしかもたらされないもののままだ。ボーノは、司祭であって神ではない。神はいつも不在なのだ。神とは、私たちすべての意思によってだけ存在を可能にする弱き者。ニューアルバムは、なんだか三十五年前の大きな感動を思い出させる出来のような気がする。ロックミュージックに不可欠なのは、ここに立ち止まっていてはいけないという焦燥感である。

もしもあなたに会わずにいたら私は何をしてたでしょうか〜♪

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2017.12.24

present








二十歳前後の頃、誕生日にもらった二つのプレセントを僕は今も日常的に使っている。一つは、コードバンのコインケース、もう一つは、金色のペーパーナイフだ。たぶん、この二つは、三十年ほどたった今も、ほぼ毎日というほど、目にし、手にとっているのではないか。プレセントとは、その一瞬の感動よりも、ずっと後になるまで、手にするたびにその人の思いに心が向くようなものであったほうがいいのかもしれない。今となっては、それぞれの人への当時の恋心を越えて、敬意のようなものを抱いている。そして、僕は今まで、そんなプレゼントを誰にもしたことがないなあと反省するのである。

リフトの支柱ごとに取り付けられた小さなラッパ型のスピーカーから不明瞭なクリスマスソングが流れている。薄曇りの空の向こうに拡散する太陽が輝いている。ゴールデンウィークに買ったばかりの手袋の指先が破れた。幹線道路に突然、車の列、その先にはケンタッキー。中津川の人は、フライドチキンが好きなんだなあと思ったら、今日は、クリスマスイブだった。

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