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「境界のエクリチュール」 in Book of days

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2017.08.17

바람




ずっと昔のことを思い出そうとすると、それは具体的な事実や記憶の中のイメージというよりも、当時の自分に生じた感情であったりする。その感情を再構成してイメージ化している、そんな気がする。だから記憶の多くは都合のいいものになるし、なんだか美しいものになる。
きっと人生のどのタイミングにおいても、苦しいことと楽しいことは、均衡する天秤ばかりの両端のように等しい量だけ存在する。ただそれは、主体性というしっかりとした支柱を持った天秤においてである。では、主体性という支柱は、どのように維持されるのか。それは考え続けることによってではないか。考えることによって中心は固定され、両翼は保たれる。

国家の両翼、支柱、主体性。国家の主体性は、軍備によって保たれるものなのか。自らの判断によって方向を決めるために必要なものは、他方に向ける銃口なのか。それもまた、深い思考に他ならないのでは。

安倍さんは、北朝鮮に行くだろうか。

東西冷戦、南北問題、そして今世界に生じているのは、まさに3Dの空間を持つ問題なのではないか。

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2017.08.14

言葉がほしい













道峰山は、ソウルの北側、景福宮や青瓦台の後ろに続く北漢山国立公園の北東部に位置する。ソウル市街からは、地下鉄で三十分ほどの道峰山駅が最寄りとなる。駅前の信号を渡り、キンパやマッコリを店頭に並べる食堂や国内外のアウトドアブランドすべてが集まっているのではないかと思えるほど多くの登山用品店が続くアプローチを歩いていくとインフォメーションが設けられた登山口に着く。そこで地図をもらい、ざっとした頂上までの経路を聞いたけれど、少し登ると直ぐに分岐でわからなくなった。結局、前を行く人についていくという方法が適当だ。緩やかに樹林の中をゆく径、手すりは設けられているけれどロッククライミングのような崖を登り、最後に階段をいくらか上がると頂上に着いた。頂上といっても、それはノコギリの刃のように幾つものピークが連なったもので、しがみつくようにそれを越えていく人が小さく見える。僕はそこまでいくのは諦め、様子を眺めながらふもとで買ったキンパを食べ、やわらかいかき氷のようになったマッコリを飲んだ。

市場で胃袋を知り、美術館で意思を知り、山に登って心を知る。もちろんそれは、ほんのわずかなものでしかないけれど。言葉が欲しい。

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2017.08.09

landscape




思い返すならば、人生のほとんどは失敗である。その失敗が、殻のように人生に形を与えているのだ。その殻の中にあるのは、ただ空虚なのだけれど、そこに満ちた空気こそ魂なのだ。

成功と思えることなんて滅多にない。十年に一度もない。成功が生み出すものはなんだろう。案外、失敗の増産かもしれない。

現代社会は、幾重にも境界を設け、嫌なものを排除し、小さな心地よい世界を作っているようにも思える。見えないものは無いのと同じ。見えるものだけで世界はできている。でも、やっぱり境界の向こうには、見たくないものがいっぱいあって、実はそのこともわかっているのだ。

結構ルーズに約束する方だけれど、今の世の中は、それでは済まないことになる。するしない、できるできない、ははっきり答えないと大変なことになる。逆に言えば、しないできない、が言える時代になってきたのかな。

遠くに見える島影と自分の足下から始まるこの街並みが重なるその様を風景という。目にする風景こそは、人生の投影である。誰もがそれぞれ違った風景を眺めながら、何かに酔っている。

繰り返し作業を1時間ほど続けると、問題意識が消えてしまっていることに気がつく。きっと、その作業を続けるために脳が思考を停止させるのではないかと思ったりする。これは、個人のレベルのことであるけれど、封建社会における農民とは、時代の中でこのようなものであったのではないか。季節の移り変わりに合わせて繰り返す稲作は、社会に存在する問題を意識化することなく、思考を停止させることである種の快楽を得る。もしかしたら、現代に繋がる日本人の国民性と言われる真面目さや辛抱強さや几帳面さも、長く続いた封建社会の名残りなのかもしれない。私たちは搾取されることに慣れているのかも。

オキナワ、ヒロシマ・ナガサキ、ほとんどの大都市への繰り返された大空襲(空爆)、学徒出陣、特攻・・・。当時の日本人は、自分は生き残ったという後ろめたさと被害者意識、加害者意識の狭間で、極めて特殊な世界観を作り出したのかもしれない。

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2017.08.04

あの砂浜から見た島影は幻か




人間にとって、自らを動かせるために最も重要なものは、主体性である。それに代わるものがあるとすれば、目標だろうか。

ヤリガイって、どんなカイなんやろ。

主体性を持って行動しなさい、なんていうのは、まさに主体性の否定である。主体性とは、外部からの刺激に対する反射なのだけれど、その起点にこそ、主体性の本質がある。

責任とか義務無くして人は立ち上がれるか。それが自由の本質だ。何に促されるわけでもなく動き出す、それが自由だ。

なんかめんどくさくなった。

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2017.08.02

一つ思いついた。僕は楽器というものが苦手だ。幼稚園のカスタネットまでは辛うじてよかったけれど、習いに行ったピアノどころか、小学校では低学年のハーモニカも、高学年のリコーダーも、まったく歯が立たなかった。楽器の理屈を理解することさえすぐに諦めた。当然、青春時代にギターを弾くなんてことも自分には不可能だと思った。でも、メロディを口ずさむことはできるかもしれない。そして、そこに言葉を当てはめることも。あとでそのメロディは失ってもいいのだ。ただ言葉をメロディに乗せてみることが大切だ。吹き抜けていく風のような旋律に言葉を置いてみることだ。

もともと日本家屋は、夏に特化した作りだったのではないか。風が吹き抜ける日陰ならば、何とかこの夏をやり過ごせる。考えてみれば、ビルなんていうのも、欧米の煉瓦造りの建物の延長線にあるもので、この気候にあった巨大建造物は、ほかの方法があったのかもしれない。日本の夏に必要なものは、風と日陰である。たぶん遠い昔、私たちが仕方なく住み着くことにしたこの場所で、長い時間をかけて工夫したものを捨ててしまったのは、ほんの数十年前のことだ。

国家政策というのは、人に例えるなら、憲法はどんな人間でありたいのかということであるし、外交や安全保障はどんなふうに人と付き合うかであるし、経済政策や社会保障はお金をどのように使うかということ。社会福祉は自分自身のケアをのどのようにするかということ、教育は自分に何が必要かということかな。国をひとりの人に例えるのが適切であるのかどうかは疑問があるけれど、案外、私たちは、国のあり方を自分のあり方に重ね合わせて考えていたりするのではないかと思ったりする。特に、外交や安全保障ではその傾向が強く、実際たとえ話を交えて語られることも多い。いろんな考えの人がいるのが実際の国家である。そこで、どのように国家は方針を決め、個人はそれとの摺り合わせをしながら生きるのか。

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2017.07.31

Communism and Christianity




近頃よく感じる清々しさは、できることは全部やったという気持ちからかもしれない。人生は、運よりも努力よりも、タイミングである気がする。それはもう仕方がない。あとはもう、思い出の中で、そのタイミングのズレを修正して感傷するくらいでいい。僕は十分幸福であると思えるほど苦しむことを楽しめたのだし、そこには届かない指先に心地よい痛みを感じることができた。もうこれ以上の何を望むべきか。

この世界の存在が、個としての自分の存在と引き換えであるのと同じに、この世界を変える唯一の方法は、自分が変わることである。

愛は感情ではない。思考の下に形作られるれっきとした意思である。

日本人の投票行動の動機は、「みんながどう思っているか」なのかもしれない。みんながどう思っているかをあたかも自分の意思であると錯覚する。寄らば大樹の陰というわけでもない。よく言えば、和を尊ぶ、悪く言えば、群れ意識ということになる。まさに群の存続を無意識化で優先しているのだ。こんな国に真の民主主義が成立するわけがない。日本は、民主主義という形態をとった全体主義国家である。昔なら、地縁血縁がその情報源であったわけであるけれど、今は、マスメディアやインターネットがその役割を果たしている。

例えば、数枚のこれはと思える写真が撮れれば、人生は価値あるものになるかもしれない。例えば、一編のこれはと思える詩が書ければ、あとは何もなくていいのかも。

尹東柱の詩の日本語の訳詩は、金時鐘だけれども、やっぱり訳してしまうとその世界観のいくらかは消えてしまっているのだろう。音とニュアンスこれは訳すことなどできないものだから。韓国現代詩は、その時代背景からどうしようもなく日本の文化と日本の詩の影響を受けているのだろう。詩に限ったことではない。多くのことが、きっと韓国の人にとっては「日本」というぬぐいきれない霧の向こうにあるものなのだ。そして、そのことを好意的には受け入れがたいほど、韓国の人は、知的なのだと思う。

人間は、主体的に行動してさえいれば、どんなに周りからつまらないように見えることだって本人は楽しいのである。反対にいくら価値あることであっても、やらされていることは苦痛でしかない。上に書いた日本人の性質と矛盾するかもしれない。もしかしたら、従うことも主体性となるのかも。従うことで、思考のある部分を停止させることは、人間にとってある種の快楽であるのかもしれない。よって、主体的に従うことは、楽しいということになる。宗教や思想への傾倒ももしかしたらそういう心理だろうか。

もし、この暑さが一年中続くものなら、もう何もしたくなくなるだろう。きっとそれが南国の人の感覚なのではないか。

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2017.07.28

Long for sth

夏はいつ頃終わるんだったかなとふと考える。八月に入ると、ちょっと夏の終わりを感じる時があるんだったかな。きっと今が夏の盛りなのだろう。少し暑さに身体が慣れてきた気もする。夜、駅までの迎えで、AORのベストというCDを聴いていた。何だこの心地よさはという感じである。AORがロックの潮流を破壊したというふうにも言えるけれど、政治的な時代が過ぎてその間の疲労を癒やすためには、そういう音楽が必要だったのかな。子供の頃の夏休みに漂っていた空気を思い出した。

都議選を境に、政権の足場がぐらぐらと揺れるようになった。周到なマスコミ対策、世論対策を続けてきた安倍政権でさえ、なんだか弱みに厳しくなって一億総モンスター化が著しい日本国民の前ではこれが限界になるのだろうか。まあ、安倍政権ほど、首相をはじめとして、はじめから国民を偽り、堂々と自分たちに都合のいい方向に国家を向かわせた政権はないのだから仕方がないかな。ただどうも、対抗すべき、民進党は、それ以上に揺れて、崩壊寸前の有様である。民進党内部は、これから保守に傾くのか、リベラルに傾くのか。もうこれ以上の政界再編は、国会議員総保守化になりかねないから避けるべきである。要するにこれだけ安定した国家において政治家を志そうとする人は、社会を変えたいという意識よりも既存の社会の枠組みにおいて名声を得ようとする意識が高くて当たり前だろう。ただ、日本人は、気を緩めると自分たちのルーツを神話の世界にまで結びつけてしまう傾向がある。それはもう保守というよりも国粋主義である。日本人は、自分たちが備えた「混ざりけ」、言い換えれば多様さにこそ、誇りを持つべきではないか。多様であるなら、混ざり込んだものも許容できるのだし、違っているものも理解しなければと思えるのではないか。

憧れ、憧れは若い人たちだけのものではない。朽ちていく肉体にも、魂のある限り憧れる力は残される。光は、どんな小さな場所にも差し込むのであるし、それに向かう私たちの思いは、意思が諦めた後でさえ、この身体を動かせるだけの余力となる。最後に残されるものは憧れである。憧れよう、幻であろうと光あるものを。

なんか、今日は土曜日みたいな金曜日だった。こんな夏が暑い国で、四季を通して同じに働くのは、馬鹿げているのではないか。夏は、ジャマイカの人のようにボッーと暮らし、冬は、アラスカの人のようにジィーと暮らす。春と冬だけ、日本人らしく勤労する。ビジネスなら例えばこんな具合である。「じゃ、その話は涼しくなった秋にしましょう。」っていう感じで。

「年をとった」という言葉が自然に使えるようになった。アフリカ諸国の平均寿命にほぼ到達しているのだから。

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2017.07.25

장마 rainy days




月曜日、午前中に訪ねた彼女の工房のテーブルにはアジサイが飾られていた。触れてみると何とも弾力があってまるで造花のような不思議な強さである。「スグ」僕が発音してみると彼女は、パッチム部分を微妙に修正して「수국」と言い直した。僕が不思議そうに何度も触るものだから、彼女はそれを持って帰るかと聞く。そのアジサイは、工房の前の鉢で育ったもので、彼女の近年の重要な作品の素材となっている。アジサイに材料を垂らし、コーティングするように作品を作っているのである。その過程を撮った写真の何枚かを見せてもらったけれど、何ともその工程そのものが美しいものであった。短い命を永遠にするひとつの試み、あるいは性を覆い隠すことで固定化される悲しい美しさ。水をいっぱいに浸したキッチンペーパーを茎の切れ目にあて幾重にポリ袋で包まれたそれを、イミグレーションを通過するためにはスーツケースの中に入れておけば大丈夫と彼女は言い、飛行機に乗る前にもう一度水を含ませてと付け加えた。僕は頭の中で、ホテルのロッカーに預けたリュックサックを思い出し、アジサイをその中に入れることは難しいだろうと考えていた。
バスが空港に着くと、ソウルでは降っていなかった雨が本降りになっている。なんだかその雨に引き留められるように、前より少し遠くなった喫煙場所でタバコを吸ったり、ブックススタンドで本を見たり、広い待ち合わせスペースの椅子に座って周りの人の心地よい韓国語の会話に耳を傾けたりしながら時間を過ごした。背中から誰かに韓国語で話しかけられた気がした。振り返って怪訝そうな顔をすると、ライオンのように白髪を後ろになびかせカラフルな服を着たおばさんが「Are you Japanese?」と続ける。そして、横に置いたアジサイを眺めながら、次には流ちょうな日本語で「これは造花?」と聞く。僕が、「リアルフラワーですよ。もらったんです。」と返すと、「あなたはこれを日本に持って帰るの?」と聞く。「だめでしょうかね。」と僕が言うと「それはだめでしょう、生き物だから。」とおばさん。「やっぱり。まあ行けるところまで持って行きます。」と笑えば、「気をつけて。」と微笑みを返して、向かいのコーヒーショップに入っていった。その姿を追いながら、いったいあのおばさんは何カ国語しゃべれるのかなと感心した。
外を見ると小降りになっていた。モノレールは、建造中の巨大なパラダイスホテルの横を通り抜け、見慣れた海鮮食堂が立ち並ぶ海辺へと向かった。駅を出て、広い道路を渡り、暇そうな食堂のおばちゃんを横目に海への近道となる路地に入る。路地といってもそれはすぐに畑のあぜ道になって、鶏やアヒルや犬や鹿、そんなたくさんの生き物の檻が並ぶちょっとした動物園のような道につながっている。その先、無衣島へと渡る曲がりくねった海中道路の付け根にあるのがソナムフェ食堂。いつもはお客がいっぱいで入りづらい雰囲気があるのだけれど、平日のせいか空いているようだ。ガッチリとした背格好の青年、前髪に着けた緑色のピン留がアンバランスで好印象を与える。海辺では日本語は通じない。英語も同様。でもまあ、食べ物をオーダーするだけだから、決め打ちという手がある。海鮮うどんとビールなら大丈夫。アジサイを窓辺に置いて、その向こうの島を眺める。新しい道路でこちらと繋ごうとしているのか、訪れるたびに島の形は変わり、白い山肌が露わになっていく。それでも、東洋一と言えるような巨大空港の目と鼻の先の海岸線にしては、なんとものんびりとした風景が広がっている。料理を運んできたおばさんがアジサイに興味を示す。「수국」できるだけ教えてもらった発音に忠実に言ってみる。もちろん目の前にはそれがあるわけだから、言葉は共有できる。おばさんは、僕と同じようにアジサイに触れて微笑んだ。このアジサイには不思議な力がある。言葉ができれば、もっとたくさんの感情を共有できるのだろう。そう思いながら、金属製の洗面器いっぱいになるくらいの貝の殻を取り、うどんをすすった。
食事の注文はどうにでもなる。一般的な感情も伝えられるだろう。でも、考えていることを伝えるには、間違いなく言葉が必要だ。
テレビニュースでは、九州の水害と国内の水害をそれがどこだかすぐにはわからないくらい繰り返していた。梅雨という言葉は両国にある。

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2017.07.21

Hydrangea and Bluebird




祈りは、信仰以前の原始的行為である。祈るとは、異世界に向けて開かれた心の窓を通して、肉体を伴う私を解放する事とは言えないか。祈りは、肉体を無量化し、消滅させる。そして、残るものは、まだ無垢のままの魂だけである。私たちは、祈りの場においては、何の差もない。ただ生まれ出でたそのままに、柔らかて小さい。

翼を持つ鳥の目的は、飛ぶことではない。高い知性を獲得した私たち人間の目的は、考えることではない。双方の目的は同じなのだろう。私たち人間の目的は、と考えるとわからないけれど、鳥たちの目的は少しわかる気がする。人間である私自身にも備わっているはずの知性はよくわからないけれど、鳥たちの翼の美しさは目によって理解できる。その翼が美しいとすれば、私たちの知性も形を与えられるならば、それと同じに美しい形をしているのではないか。目的のために備わったカタチ、それは、目的を知るヒントになるはずだ。

どんなに大きな風景の中でも、人は、自分と同じカタチをした人を見つけ出す。どんなに孤独を愛そうと、小さな小さな人の影を追い続ける。どんなに空腹であっても、まず求めるものは愛である。愛とは、大きな風景の中の小さな人のようなものではないか。私は、長い坂を登り、岩壁をつたい降り、風雨に凍えようとも、その愛を追い続ける。幸福とは、その道程の苦しみを言うのではないか。

祈ろう、窓の向こうの彼方のために。



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2017.07.18

수국








彼方に向かえば、彼方はそのぶん遠ざかる。だからそれを彼方と呼ぶのだろう。

ソウルから持ち帰ったアジサイは入国検査を難なく通り過ぎたけれど、飛行機が飛ぶのが遅れたせいか、日本の水が合わないせいか、葉を丸めて弱まっている。なんだかかわいそうなことをした気がしてそれを眺めている。外から見ている植物は、次第に枯れていくように思うけれど、本当は、はっきりとした死の瞬間があるのではないか。そしてそれは、意思の死なのではないかと思ったりする。

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2017.07.14

白い扉

白い扉の向こうには、無限がある気がする。永遠がある気がする。こちら側との境界がない気がする。その部屋は、隠れ家ではない。扉は、この世界からの出口かもしれない。何かを育む子宮かもしれない。

変わらないことは、相対的には変わっていることになる。逆に言えば、変わるということは、変わらないことになる。主観的に考えれば、私は絶対の存在である。私の存在なくして、私が感じるこの世界は存在しない。そういう意味では一人の人間は絶対に変わらない。変わっているのは、他者としてのこの世界である。社会を前提にするならば、変わらない私は、変わっているということになる。「変わっている」という言葉の意味がここでは、重複して扱われるわけであるけれど、要するに、私たちは、浮き草のように、どうしようもなく相対的な存在であり、生きるとは、それを受け入れた上での「行為」であるということ。美しい華は、絶対であるように思える。まるでそれを眺める自分がその存在によって定位するかのようである。しかし、その花もまた、儚い相対に過ぎない。私たちに頼るべき原点などないのかもしれない。生まれ出でた母の子宮も、追い続けた父の背中も、私の心を定位する原点ではない。そして、私自身が私を定めることなどできるはずもない。

白い扉を開くのだ。その先にあるのが溺れそうな大海でも、虚無の果てでも。

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2017.07.13


卵を割っても彼方


雨が降ったら雨に濡れ
風が吹いたら風に飛ばされ
暑い日には汗を流して
そうして疲れ果てて
そうしてへとへとになって
土埃の道を歩いて行く
曲がっても曲がっても
一向に先が見えないその道を
曲がって曲がって
いつまでも歩いている
いつまでもいつまでも
許してくれるその時まで
その時まで

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2017.07.12

旅の最後は、旅との別れである

なぜ自由主義経済では格差が広がるのか。もしかしたらそれは、私たちが格差が好きだからではないか。封建制度の下では、格差は固定され世代を跨いで長い期間にわたって維持された、身分という形で。明治から戦前にかけては、明治維新によって構築された格差を民主主義下でいかに正当化するかに支配階級は腐心した。そして戦後、自由主義経済は、人々が互いに争うことによってやがて落とし込まれる格差を当然のこととする意識が一般化した。どちらにしても、私たち日本人は、格差に対して疑問を持ち、本当に戦いを挑もうとした経験がないのである。なぜなら、格差がある社会が好きだからではないか。格差社会とは、最下層に追いやられた人が社会の矛盾を一手に引き受ける構造を持つ。ボリュームのある中間層は、何だか精神的にはそれなりの安堵を抱くのである。

安倍政権は、あんなにも戦争というものに抵抗のあった日本国民を、平和を守るためなら戦争も仕方がないんじゃない、という意識に見事に変えてしまった。「平和を守るための戦争」この矛盾にさえ、もう誰も違和感を覚えることはない。平和とは、自分の領域、自分の財産、自分の命の安全が確保される状態ということだろうか。それを守るためなら、災害救助同様に自衛隊に頑張ってもらわないと、あるいは正義の在り処が未確定の場所にも国の代表として行ってもらわないと、自分の領域から遠く離れたところなら、仲間の米軍のために基地を拡充しないと。それは、平和を守るためなのだから。ということだろうか。

戦争と平和、その十分に理解していると思っていた言葉の意味を改めて考えてしまう。この二つの言葉は、対立するものなのだろうか。もしかしたら、一方が他方に従うものなのでは。義務と権利、自由と責任、それらもまた、相対するようでありながら、そうではない関係を持ったものではないか。

私たちは押し流されている。何ものかに。

宗教とは、経験の追体験なのかもしれない。アルプスを越える年に一度の巡礼に参加する人々を見ていて思った。あるいは、伝承の方法かもしれない。

高校球児みんなが甲子園に行けるわけではない。でも、甲子園はすべての球児たちが共有するものである。甲子園は、場所でも目標でもなく、価値なのだ。価値であるから共有できるのだ。

幸せだったと思いながら死ぬためには、最後の最後のその瞬間に満たされていればそれでいいのかもしれない。そして、遠い日の思い出でさえ、その役割を果たすことができるのかも。

人生の究極的理想とは、普通に生きるということではないか。普通とは比較における普通ではない。本質的普通である。

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2017.07.10

向こう側








「対岸」という言葉に惹かれる。見えているのに遠い場所、近くであるのにこことは違う場所、鏡に映るもう一つの世界、もう一人の私。

山に登ることは、遠く過ぎ去ってしまった恋を想うのに適している。まるでその実感を身体全体に蘇らせるような感覚がある。

ここには、大きな世界と小さな世界が共存している。それを一つの世界に見せるのは、二つを分ける歪んだ硝子の境界である。人々は、その存在に気づいていないわけではない。ただ、硝子の向こうの偽像に安堵して、世界に身を委ねるのである。

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2017.07.06

HUT




僕は端っこが好きだ。喫茶店や飲み屋や電車でも、端っこの席に座る。きっと一人が好きだからだろう。そうは言うものの端っこが好きな人は多い気がする。みんな一人が好きだからだろうか。一人が好きでも一人で生きて行くことは容易ではない。それは、人間であるから。話は少し変わって、この世界は、端っこに行けば行くほど珍しいものに出会える気がする。アイスランドの紀行番組を見ていて思っただけだけれど。端っこに座ると体の半分で思考が働く気がする。

MUJI HUTを見ていて、ふと思った。そんなに遠くない将来、人々は、好きな場所にそれぞれこんな小屋を建てて暮らすようになるのではないか。暮らしの単位は、今ではごく普通になった核から個になり、必要な時だけ小屋ごと近づいて、家族になってもそれぞれの小屋で暮らす。子供は、そう十五歳ぐらいになれば自分の小屋を持つようになり、少しづつ家族の小屋から離れていく。人間にとっての究極の自由、そんなにおかしなことではないし、良くも悪くも、技術革新はそんな社会の実現のために進んでいるのではないか。人間の生理上、十分な大きさが小屋であると思う。茶室も小屋であるし、方丈庵も小屋である。それ以上の大きさは、意識を散漫にする。あるいは、領域争いの元になる。もしかしたら、小屋は、平和にも寄与するかもしれない。個として生きる人間は、争わないのではないか。過去の大きなコミュニティや村社会、あるいは大家族は、本当に健全であったのか。コミュニティの大きさは、生きるための方法としての単位とともに論じられるべきである。目的のないコミュニティほど危ういものはない。現代社会では、家族さえその共通の目的を失っているとは言えないか。個を考えよう。家族も、地域も、あらゆるコミュニティは、個をどう位置づけるかで、わずかに可能性を残している。

奈良の京終というところにある取引先に行くと隣の雑草地に鹿がいた。そこは奈良公園からは数キロ離れている。どうやら、近頃その辺りに住み着いているらしい。奈良公園の鹿は、群れなのだろうか。そのまだ若い鹿は、群れを嫌ったのか、群れから嫌われたのか。残念ながら、カメラは、iPhoneしか持っていなかった。

「バスカヴィル家の犬」は、僕が本に興味を持った原体験と言えるものかもしれない。コナン・ドイル、モーリス・ルブラン、エラリー・クイーン、それにアガサ・クリスティ、たぶん多くの男の子たちと同じに、僕も高田の町にあった一番大きな本屋である竹村書店の何でもあるように思えたミステリー文庫の棚に並んだ背表紙のタイトルを指先で触れながら順に追った。それは、詩というものに出会う前のことだったと思う。言い換えれば、恋というものを知る前のことだろうか。先日、銀行に寄ったついでに奈良市内の本屋に寄った。ああ、本屋の匂いだと思った。そう言えば、本屋の匂いのする本屋は少なくなった。

アメリカはいいとして、イギリスに行かないまま生涯を終えていいのだろうか。僕たちが根本のところで、価値の拠り所にしているのは、イギリスの文化なのではないか。それは、自国の文化以上に。ホームズにQUEENはよく似合う。

会話術を法則化して、その場を制することは可能かもしれない。けれどそれでは詰まらない。全意思を常に投入して議論することが大切なのだ。

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2017.07.03

世界は自動で変化していく






people die

ワタシという言葉は、一人称としてあまりに長い。自己の認識として不自然なほどに。書き言葉、あるいは論理上の一人称ということだろうか。

扉は開かれていなければ、誰も入れない。常に開かれていなければ。

住む場所を選べる人は案外少ない。最も基本的な自由であるはずなのに。

自由民主党には、本来左から右まで相当の振り幅がある。そのことが、長期政権を可能にしてきたのであるし、戦後の日本の「カタチ」を作ったとも言える。二大政党制を目指した小選挙区制は、少数意見の反映を難しくすると同時に、自民党内に二つの考えの共存も許さない状態を作り出した。本来なら、憲法の下で、一つの理想を実現するもう一つの手法を標榜する党が存在するべきなのだろう。小池さんは、安倍さんと思想的に遠い存在なのだろうか。

神という存在には、ルーツの伝承という役割もあるような気がする。神は、比喩である。いつの間にか、人々はそれを錯覚してしまう。

高校の頃試合をした弓道場に寄った。社会人の試合をしていたようで、中では表彰式が行われていて、的は上げられ、堋はきれいになっていた。もう三十五年も前のことだ。過去はみるみる遠ざかって行く。そして、記憶は輪郭を和らげながらここに残る。三十年近く弓を引いていない。あの頃、僕の唯一の居場所だった弓を。やっぱり、早く新しい17㎏ぐらいの弓と巻き藁を買おう。そこに戻ろう。僕のすべての起源に。

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2017.06.30

プリンプリンのお願いなら、たとえ火の中水の中




都議選で都民ファーストが、大勝したとして、それは市民の勝利と言えるのだろうか。その後、都民ファーストが国政に進出するとして、維新もそうだけれど、結局自民党を補完する勢力が大多数を占めることになり、現状よりもより、暮らしと政治が乖離してしまうことになるような気がする。私たちは、つい、失敗を知らない目新しいものが、現状を変えてくれるかもしれないと期待する。ここ十年か、もう少し以前からの選挙の結果は、その繰り返しであって、結果として、野心の強い政治家が、国会の多くの議席を占めることとなった。穏やかさや優しさは、政治からは、完全に締め出され、ただただ自己実現の場としてそこに向かおうとする人たちのゲームとなっているのではないか。改憲も、安全保障も、外交も、すべてのことは、野心家の意識によって操舵され、船に乗る私たちは、おとなしくしている他ない。

今無事に生きてる私たちは、「運が良かった」ということができるのかもしれない。ただその運は、これから先も続くかどうかはわからない。まさに、運は天に任せるしかないのかな。

言葉は、社会の産物だ。その道具を用いて、私たちは時に心の中を整理したりする。もし言葉がなければ、それはどのように行うことができるだろう。ちょっとの時間、それを試してみたりする。触れる感じや目で見たものの残像、それらを組み合わせて、世界と自分とを接合しようとする意識がそれだろうか。

言論の自由とは、言論の非自由を前提に提起されるものかもしれない。言論の自由が保障される社会における言論の自由とはどのようなものか。ネットが普及する前の状態では、言論者であることはそれなりの覚悟が必要だったのではないか。まず人前や印刷物において、自分の考えを表すことは、誰にとっても高いハードルを越える必要があった。それが言論の自由を担保していたのかもしれない。

すべての気候変化は、冬に向かっているように思える。

若い人の間では、既に「昭和時代」という言葉が使われているのだとラジオで話題になっていた。私たちだって、当たり前に、明治時代とか、大正時代という言葉を使うのだから、平成も三十年近くになった今、昭和時代という言葉が使われても不思議なことでない。歴史の教科書を想像するなら、昭和時代にも書き残すべきたくさんの政変、戦争、産業の変化、あるいは事件や出来事があったわけである。もしかしたら、それは、僕たちが学んだ明治時代よりもずっとボリュームのあるものかもしれない。僕の意識では、平成も昭和の延長のような感じであるけれど、元号は、実社会にも結果として少なからず作用するのかな。平成になったとき、書類などの期日の記入法に積極的に西暦を用いるような動きがあったような気がする。でも、今に至っては、元号を入れるのがポピュラーになっているのではないか。でも、今度こそ、西暦を使う方がいいような気がする。元号は、現状における旧暦ぐらいの扱いで十分なのでは。

「新日本風土記 京都青春物語」を見た。いくら精一杯やっても、青春には悔いが残るものかもしれない。まさにいまその中にいる若者たち、青春にたどり着いたばかりで戦場に向かった人、今も青春を引きずりながらそこに住まう人。その狭間を流れる鴨の流れ。どちらにしても、京都の町は特別だ。誰かにとって、どこかの町が特別であるように。

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2017.06.27

identity




死は、人にとって最後の秘密兵器だ。誰もが持っているのを知っているし、伏せられた残りのカードの中に必ずあるジョーカーなのだけれど、やっぱり秘密兵器になり得るものだ。使い方がとても難しいものだけれど。

自由とは、主体性そのものである。最初に義務があるわけでは決してない。そんな社会性にまみれた言葉を自由と並べてはいけない。義務の対価として手に入れるものは、権利である。それは社会という範囲の中でのみ利用可能な通貨である。
すべての可能性は自由にある。私たちは私たちのために、この世界のために、誰からも自由を奪ってはいけないし、自分の自由を放棄してはならない。もちろん他人に迷惑をかけてはいけない。自由が自由を破壊してはいけない。そのためには、十分な空間が必要となる。

ブログ記事にランダムに表示する機能があればいいのに。もっと言えば、勝手に文章を組み合わせる機能とか。このブログも、あと二つ書けば、記事数が、3500になるようだ。もっと書いている人はいくらでもいるだろうけれど、自分としては驚きの数。仮に、その中から100個を選ぶにしても、確率は、1/35ということになる。だからどうしたということだけれど、全くその通りである。このまま普通に生きて書き続ければ、その数は10000を越えるだろうか。だからどうしたということになるけれど、その総文字数は、どれくらいになるのかな。まあ、おんなじような事ばかり書いているわけであるけれど。ちなみに、近頃はもっぱらスマホで書いています。

本の重さは、文字の重さでも、意味の重さでもない。いや、インクの重さって、本の重さのどれくらいを占めるのかな。普通に考えれば、ほとんどが、紙の重さかな。携帯端末の普及で、多くの人が大量の写真を撮り、記憶されるようになったということはよく言われるけれど、そのことで生み出されたもっと大量であろう言葉についての言及は少ない気がする。いったいその言葉の重さは、どうやって受け止められているのだろうか。活字文化は、風前の灯であるけれど、残される言葉の量は、飛躍的に増えているだろう。

何が正しいのか自分では判断のつかないこともある。それでも、何かを選んぶわけであるけれど、その場合、概ね、現状を選んだり、選ばなくても過ぎていくのに任せたりする。季節は僕の意思とは何の関わりもなく移り変わっていく。私たちは、選ばなくても生きていけるのである。時間と自己、その関わりについて、頭の中が空くたびに考えてみたりする。すべてのものは、時間の経過と共に朽ちていく。そう考えるならば、まさに時間は存在するような気がする。けれど、自分が動くことによって、そのそばに吹く風こそが時間の正体であるような気もする。その時間は逆風か順風か。主体性もまた、社会的意識なのだろうか。私たちは本来、風の中に住まうものなのかもしれない。

ぶどうを一房。品種改良の賜物なのだろうけれど、なんともぷりっとした、ぎゅっと詰め込んだような、ぶどうだった。近頃、植物にも意思があるのではないかと思うことがある。光と水と空気と、それだけではない何かが、彼らの様には作用している気がする。

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2017.06.24

梅雨という英語はない、韓国ではチャンマと言うらしい








知性と本能は、対になる言葉ではない。人間に備わった知性もまた本能と言えるのではないか。要するに他の生物たちが備わった特徴を最大限に生かして、種の単位で生き残ろうとするように、人間もまたそうである。人間の様は、どちらかと言えば、肉食動物よりも草食動物に近いかもしれない。無数の個の群れの中で、計算されたように脱落していくものがいて、種としては生き残っていく。きっと保守的立場をとる人にとってはそれが必然であって、誰もが受け入れるしかないものということになるのだろう。戦争で何百万人の人が亡くなっても、災害である地域が丸ごと失われても、あるいは、原発事故で人が住めない場所ができたとしても、それは、人間の知性下における計算可能な犠牲であって、種としては、ある時間の経過とともに元に戻る。人間の知性もまた自然の一部である。文明の爛熟もまた、自然と捉えることができるのかもしれない。すべては、与件の範囲内のこと。どうしようもなく、私たちは、種の中の個として存在する。それは、私たちの肉体を構成する細胞と相似の存在なのかもしれない。であるならどう生きればいいのか。いつまでも争いながら、淘汰に甘んじればいいのか。わからない。小さな短命の細胞である私がどう生きるべきなのか。きっと新しい細胞が生まれるまで、その場所を占めているだけで役割なのだろう。巨大な群れでアフリカ大陸を移動するヌーは、それ自体一つの生物のように思える。私たちは、社会という群れを作る。だから社会から外れることは、即、死を意味することになるのだ。そしてその死は、全体からすればあまりに軽い。計算上の減数に過ぎない。

日本の法律下では、絶対に独裁者は生まれない。民衆への圧政を敷くならば、必ず選挙によってその政権は崩れ去る。しかし、選挙に関わる法に政権が手をつけ出したらどうだろう。憲法が規定する根本的部分は、国民投票が必要になるけれど、それ以外は、国会における多数によって変更できるのである。独裁者が、表向きの民主主義を尊重しながら、様々な方法で、選挙に関与することは、いまも他国ではよく聞く話である。不思議なことに、日本人は、自国の民主主義を無条件で信頼している。平和ボケ以上に民主主義ボケと言えるかもしれない。民主主義が国民の不断の努力によって維持されるものであることは、憲法にさえ記されている。主権者は、為政者に無条件の信託をしてはいけない。それではまるで、中世の封建国家における王様と実権を握った大臣のようなことになる。主権者は自分を戒めながらも、権利を行使すべきである。

梅雨らしい蒸し暑さもまた、それが季節の彩りであると思えば心地よく感じる。一面に広がる水田もまた、この国の気候に少なからず作用しているのだろう。

僕が幼い頃、それは半世紀近く前ということになるけれど、まだ田植えは、機械ではなく、家族総出、あるいは外からの協力を得て、手で植えていた記憶がある。稲刈りも、コンバインはなかったから、いくつかの工程に別れた人手のいる作業だった。たぶん稲作における人件費は、当時と今とでは、何十分の一になっているのではないか。それでも設備投資を考えれば、小規模ではどう考えてもやらないほうがいいということになる。そこで大規模集約化が求められるわけであるけれど、それはそれで規模の割りには儲からないということになるのではないか。要するに、コストの問題ではなく、現代の消費社会の価値基準にそぐうものではないということである。産業ではなく、直接主食であるコメを得ると考えるならば疑問はない。農業とは、本来、そういうものなのではないか。農業で得たお金で、ショッピングモールで買い物をし、子供を教育し、旅行に出かける。それはやっぱり不可能なことなのでは。奈良盆地の農業は、多くの場合、世間体と自分の代で止めるわけにはいかないという伝統芸能のように続いている。

助け合わないと生きていけない時代には、助け合いがシステム化されていた。助け合わなくてもなんとかやっていけるようになって、助け合い物質的にも人的にも簡素化され、同時に人と人との関わりは希薄になったと言われる。実際のところ、地域コミュニティにおける助け合いは、わずかに残った風習や祭を除けば、日常的必要性はなくなっているのだろう。かと言って、私たちは、独立した個人としての強さを備えるようになったわけれもない。精神的共同体意識は、国家に向けられ、過度な愛国心が煽られる。戦時中の愛国心が、整然と構築されたコミュニティの重なりによって実感できるものとなっていたのと比して、現代の愛国心は、もっと危うい実体のないものとして膨らんでいる。

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2017.06.21

聖ヴェロニカ




夢を見た。もう今となっては、夢の中でさえ夢とわかるほど繰り返し見る彼方の夢。目が覚めると午前三時過ぎ。カーテンの向こうから、いく種類かの雨の音が聞こえて、いつまでもこの夜に包まれていたいと思った。

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